《☆~ 唐突な求婚 ~》
広い通りを進む途中、珍しいことに、ラディシュグラッセの方から、マトンに話し掛けてくる。
「剣士さんは、優しい顔つきに似合わず、なかなかの業物をお持ちね」
「僕の顔と剣に、興味がおありでしょうか?」
「ええ、少なからず」
「それは、大変光栄なことです」
マトンが、意図的に嬉しそうな顔を見せる。
その一方で、ラディシュグラッセは単刀直入に問う。
「どなたが打ちましたの?」
「ホイップサブレーというお方です」
「雷金光系統の魔女族ですか?」
「系統は確か、樹林だと思います」
「そう。でも、その剣には雷金光の魔法が……」
ラディシュグラッセは得心できなかった。
マトンに代わって、オイルレーズンが打ち明ける。
「ラディシュの感じ取った通り、マトンの愛剣、イナズマストロガーノには、雷金光の魔法が施されておる。その見事な仕事をしたのは、他の誰でもなくラディシュの祖母、シャロトグラッセ」
「お婆上が!」
「そうじゃとも」
「やはり、われの目に狂いがないわ。剣士さん、いえ、マトンさま!」
ラディシュグラッセが、マトンの腕にしがみつく。
想定外の事態で、彼の肩に乗っていたシルキーが飛び上がり、キャロリーヌとオイルレーズンも、思わず足を止めた。
マトンが、眉をひそめながら問い掛ける。
「どういうことですか?」
「われは、あなたさまの妻となります。これは、いえ、これが、われの宿命です」
「は??」
唐突な求婚に、マトンは呆然となるのだった。
ここへキャロリーヌが口を挟んでくる。
「マトンさん、ラディシュグラッセさん、ご成婚おめでとうございます!」
「いやキャロル、ちょっと待って! 話の進展が、まるで飛ぶ鳥を追う勢いだよ」
いつも冷静でいるはずのマトンが、明らかに動揺している。彼に代わって、オイルレーズンが、彼の身の上を説明する。
「ラディシュや、よく聞くがよい。マトンは、高等魔法の老化防止が施されておってな、二十歳の若者に見えようとも、本当は五十歳になっておる。つまり、爺さんじゃわい」
「結婚するのに、年齢は関係ありません。マトンさま、そうでしょ?」
「いや、それはどうかなあ……」
戸惑うマトンに、ラディシュグラッセが詰め寄る。
「われには、どこか至らぬところなど、ありましょうか?」
「えっと、あまり言いたくないことだけれど、働かない女性と結婚する気など、砂粒の大きさすらもないのです。至らぬところは、それに尽きます」
「われは、マトンさまのためでしたら、いくらでもお働き致しましょう! ですから、われを妻に娶って下さいまし!」
「しかしねえ……」
マトンは、すっかり困り果てる。
横からオイルレーズンが、救いの言葉を投げ掛ける。
「ならば、その働きを見てから決めるのがよい。手始めに、アラビアーナの地下迷宮で、魔物を退治して貰おう。どうじゃな?」
「ええ、望むところです!」
「マトンや、面白くなったのう。ふぁっはは」
「……」
勝手に決まり、マトンにとっては不本意極まりのないこと。
少しして、一行が中央大市場の入り口に到着した。ラディシュグラッセが小声で話す。
「われとマトンさまが結婚することは、しばらく伏せておいて下さい。弟のアンドゥイユが知ってしまうと、焼き餅を焼くでしょうから」
「はい、分かりましたわ!」
キャロリーヌが快く約束した。
突如、すぐ近くから、聞き覚えのある竜族の声が届く。
「焼き餅ですかい? それなら、美味そうなのを売っていますぜ!」
ショコラビスケが、通りに沢山並ぶ屋台の一つを指差す。そちらには、パースリとジャンバラヤ氏の姿もあった。
屋台の方を眺めながら、オイルレーズンが問う。
「必要になる品目の調達は、済んだじゃろうか?」
「水の他は、すっかり買い込みましたぜ。がっほほほ!」
「ふむ。ならば先に、腹拵えをするかのう」
「おうおう、そいつは名案でさあ!」
「ショコラや、今度ばかりは食べ過ぎてはならぬよ。魔石破壊の決行を控えておるのじゃからな」
「へいへい、分かっていますぜ!」
取りあえず昼餉を済ませることになり、各自が屋台で品定めをする。




