《☆~ 二つの魔石(四) ~》
獣族の槍部隊に護衛されて、オクラ氏とフォンデュ氏が帰路に就いた。
オイルレーズンの持ち掛けた取引に応じるか、民生事務所が決める会合は、明日の四つ刻を過ぎてからだという。そのためキャロリーヌたちは、魔石破壊の決行を待つ必要があり、今夜は、取りあえず牛肉食堂で過ごす。
皆で夕餉を済ませ、発光茸茶を飲んでいるところ。
オイルレーズンが、クロウシ氏から聞いた話を思い返す。今日、ケバブ氏を弔う式典が終わって、オクラ氏との会談に向かうまで数刻のうちに色々と教わったけれど、中でも特に興味を抱いたのは、仕入れのこと。
パンゲア地下牢獄で料理屋を営む者たちは、牛肉に限らず、魚介類、野菜などの生鮮品から、米、豆、小麦に至るまで、地下では得られない食材を、パンゲア帝国に卸して貰っている。それらの品目を扱うのは「中央大市場」で、七日周期の三つ目、森林の日に開かれるという話だった。
これについて、オイルレーズンがクロウシ氏に問い掛ける。
「明日は、卸問屋の市が立つと言っておったな?」
「ええ、わても中央大市場へ、牛の買いつけに行きます」
「そこへ同行してよいじゃろうか?」
「一向に構いませんけれど、朝がなかなかに早いですよ?」
「ならば、もう休むとしよう。ふぁっははは!」
出立するのは二つ刻なので、同行を決めた者たちは早く寝ることにした。
ショコラビスケは行かないけれど、またしても牛肉を食べ過ぎてしまい、とっくに眠っている。
迎えた第七月の二十四日目、水鏡の効果が消えるまで、残すところ、あと六つ刻と少しばかり。
たった今、クロウシ氏の後に続き、オイルレーズン、キャロリーヌ、パースリ、マトン、シルキーが、牛肉食堂を出た。
「魔石の破壊が承諾されないと、作戦はどうなりますの?」
「無念じゃが、取りやめにするしかないわい」
「そうならないと、よいですわね?」
「ふむ」
ここへパースリが口を挟んでくる。
「今日までの行動が水泡に帰すのは残念極まりのない事態ですけれど、ボクとしては、賢者の石を手放すことも、惜しいと思う気持ちを隠し切れません」
「願わくは、魔石破壊が認められた上で、破壊する方をうまく選び出せることに尽きるのう」
四半刻ばかり歩き、中央大市場に到着する。
地下街の方々から、料理屋の店主たちが集まっており、その中に、「小料理屋マトン」という食事処を営むマトン‐ザクースカの姿もあった。彼は、主に魚介類と野菜を仕入れるという。
キャロリーヌたちは、中央大市場の中を進み、牛の卸問屋にやってきた。この部屋は、鉄製の太い格子と堅牢な扉で仕切られており、その向こう側には、牛売りの者が一人と五人の衛兵がいて、こちら側は、立ち合いをする役人が一人だけ待機している。
クロウシ氏が牛売りと交渉し、立派なパンゲア銀毛牛の二頭を購入しようと決めた。扉が開き、牛が引き渡されると、すぐに閉ざされる。地下街の者が格子の向こうへ行くことは、決して許されない。
キャロリーヌが不思議に思って尋ねる。
「お代は、お渡しなさいませんの?」
「ここでは渡しません。後日、民生事務所に支払います」
「あら、そうですのね」
格子を挟んで、オイルレーズンが衛兵の一人に話し掛ける。
「白頭鷲が迷い込んでおるようじゃが、探しておる飼い主を知らぬかのう」
「はあ、なんのことだ?」
「あの大きな鳥じゃよ」
オイルレーズンは、マトンの肩にいるシルキーを指差した。
衛兵が困惑した表情で答える。
「そんな話、聞いたことないなあ」
「飼い主がおらぬなら、自然に生きておった白頭鷲に違いない。ここへ迷い込んだのじゃろう。地上へ、返してやってくれるかのう?」
「俺が決める訳にいかない」
「ならば、決めることのできる者に聞いてくれぬか。あの鷲は、仲間の一羽もおらぬ、このような地下では寂しく、生きてゆけまい。可哀想であろう?」
「そうだな、よし、分かった」
「助かるわい。六つ刻くらいに、また足を運ぶとしよう」
「ああ、そうしてくれ。俺は確認してくる」
砂粒の大きさすらも疑うことなく、衛兵は地上へ向かった。




