《☆~ 二つの魔石(二) ~》
キャロリーヌたちにしてみれば、先ほど図に従って歩いた進路を、単に逆戻りするだけなので、迷う心配はなかった。
しかしながら、枝分かれとなる地点で、フォンデュ氏が立ち止まり、どちらへ進むか迷った。彼女は少しばかり考えて、意見を述べる。
「遠回りでも、用心に用心を重ねることにして、左側を通りましょう」
「それがよいです。二日前に私の家が丸焼けとなり、今日は暴動でした。また騒ぎが起こっては困りますから」
オクラ氏が賛同したので、一行は安全と考えられる道を行く。
隷属支持の過激な輩に襲撃されることもなく、牛肉食堂に到着する。獣族の槍部隊は、外で待機することとなり、キャロリーヌたちと、オクラ氏、フォンデュ氏の総勢六名が店に入った。
クロウシ氏、ジャンバラヤ氏、ラディシュグラッセが食卓の席におり、いっせいに、こちらへ顔を向ける。
奥の片隅に、敷布団の上でショコラビスケが仰向けに寝ている姿があり、その巨大なお腹の上にシルキーがいた。この光景を目の当たりにしたキャロリーヌは、思わず吹き出しそうになるけれど、胸の内で「笑ってしまっては、失礼ですわ」とつぶやいて、自身を戒めるのだった。
突如、ショコラビスケが起き上がる。シルキーは俊敏に逃れる。
「やあショコラ、やっと起きたのかい」
「おうおう、よく眠って腹が減ったぜ! これから夕餉ですかい?」
「食べ過ぎて動けずにおったのに、もう空腹とは呆れた戯けじゃわい」
ここへ、横からパースリが口を挟む。
「オイル伯母さん、それより今は、魔石を識別して頂くことが重要です」
「おお、そうじゃったわい」
オイルレーズンが、ラディシュグラッセのいる食卓にオクラ氏を誘う。
「魔石を、見せてやってくれるかのう?」
「分かりました」
オクラ氏が、巾着を衣服の小物袋から取り出して開き、中身が見えるように差し向ける。
ラディシュグラッセが問う。
「なんですか?」
「以前持っておったのは、どちらか分かるじゃろうか?」
「同じに見えますけれど……」
結局、ラディシュグラッセにも、二つの魔石を識別できなかった。
オクラ氏が話し掛ける。
「働いたら負け王妃さん、あなたは明日から、働かないと食事を得られません」
「えっ、それはどうして!?」
「あなたは、ヨガトに魔石を譲り渡し、見返りとして、望みの食事処で歓迎を受けられるよう、取り計らって貰っていました。しかし今日、ヨガトは捕らえられ、民生事務所が魔石を没収したことで、そのような特別扱いは無効となりました。つまり、あなたは、働かないと飢えて命を落とすのです」
「そんな酷いこと!!」
ラディシュグラッセは、涙を流して嘆きの言葉を放つ。
「働いたら負けですし、働かないと死ぬなんて、われはどうすれば」
「姉さんは、このオレと一緒に地上へ帰るんだ! そうすれば、働かなくても生きることができる!」
「分かったわ。アンドゥイユ、われを連れてゆきなさい」
「よし、決まりだ!」
大喜びするジャンバラヤ氏である。どんなに説得を繰り返しても、断固として拒否し続けたラディシュグラッセが承知したのだから、これは当然のこと。
その一方でオクラ氏が、眉をひそめながら問い掛ける。
「地上へ帰るというのは、どういうことでしょうか?」
「それは……」
ジャンバラヤ氏が言い淀む。
そんな彼に代わって、オイルレーズンが答える。
「あたしは、パンゲア帝国王室から階段を下りてきたのじゃが、他の五人は、アラビアーナの地下迷宮を歩いて、ここに辿り着いた」
「そうだったのですか」
「じゃから、そこを通れば地上へ出られる」
フォンデュ氏が問い掛ける。
「その道に、危険はありませんか?」
「危険なら沢山ありますよ」
パースリが答えた。
「あちらのショコラビスケさんは、多くの吸血鼠に数十箇所も噛まれ、毒が回って死にそうになりました」
「まあ、おそろしい!」
「本当に、危険極まりのない場所ですね」
驚くオクラ氏とフォンデュ氏である。
二人を前にして、パースリは、剣歯虎の急襲があったことや、ジャンバラヤ氏が人食い魔植物の餌食になりそうになったという話をする。オクラ氏とフォンデュ氏は震え上がった。