《☆~ 二つの魔石(一) ~》
パースリがオクラ氏を見据え、率直に問う。
「あなたは、長老に統治された街のままがよいと考える隷属支持の方々と敵対しておられます。それなのに、どうして、長老の権威である魔石を、お守りになるのでしょうか」
「この私、ニシメ‐オクラの考える国家の建設は、すべて清廉潔白に進めることが重要です。それと私たちは、隷属支持の方々と敵対したいのではありません。彼らがパンゲア帝国からの独立に反対しているのは、紛れもない事実です。しかし、そのような者たちのいないところで、密かに魔石を破壊し、それで建国の望みが叶うとしても、歴史に、大きく汚点を残してしまいます」
キャロリーヌは、難しい理屈だと思うけれど、同時に、少なからず感服する。
「あたくしには、とうてい考えの及び得ない道理でした。オクラさんは、とても真剣に、建国を目指しておられますのね?」
「そうです」
この時、マトンがオイルレーズンに話し掛ける。
「二つある魔石のうち一つを、以前はラディシュグラッセさんが持っていたはずなので、ひょっとすると、彼女なら見分けることもできるのでは?」
「おお、それはそうじゃわい」
オイルレーズンが返答した上で、オクラ氏に向かって申し出る。
「四半刻ばかり、魔石をお借りできますかのう?」
「先ほども話しました通り、たとい一分刻であっても、これを手放すことは、決してできません」
「ならば、ラディシュグラッセを、ここへ連れてくるとするかのう」
横からパースリが口を挟む。
「あの働いたら負け王妃が、ここまで歩いてくれるでしょうか。きっと、《行きません。働いたら負けですから》などと、頑なに拒否するだろうと思います」
「そうじゃのう」
オイルレーズンは、再び困惑した表情を見せるのだった。
するとオクラ氏が話に割り込んでくる。
「働いたら負け王妃は、今どこにいるのでしょう?」
「クロウシさんが営んでいらっしゃる、牛肉食堂という食事処ですわ」
キャロリーヌが答えた。
「それでは、こちらから魔石を持って、出向くことにします」
「えっ、ご足労ですのに、よろしいのかしら??」
「構いません。よい機会ですから、あの働かない王妃に、働いて貰うため、厳しい警告を発しておきましょう」
オクラ氏は、ずっと以前から、ラディシュグラッセが食客として料理屋から料理屋へ転転としながら暮らしていることを聞いており、極めて不愉快に感じ、どうにかしたいのだという。
「この私、ニシメ‐オクラが長老の代理人として目を輝かせている間、《働かない者が食してはならない》という戒律を、徹頭徹尾、このパンゲア地下牢獄で生活している、あらゆる住人に、守らせなければなりませんから」
「ふむ。兎も角、今すぐにでも、牛肉食堂へ向かうとするかのう」
オイルレーズンは、胸の内で「ややこしくなってしまったわい」と、つぶやくのだった。
この時、フォンデュ氏が提案する。
「わたくしも同行します。護衛として、槍部隊の者も呼びましょうか?」
「用心のために、そうしましょう」
オクラ氏が即断するけれど、オイルレーズンが横から話す。
「護衛は、あたしら四人で十分じゃろう。特に、このマトンは、グレート‐ローラシア大陸で一番の剣士として、名が知れ渡っておる。ふぁっははは!」
この自信に満ちた判断に対し、オクラ氏は毅然と答える。
「あなたたちを信用しない訳ではありません。しかし、通行の少ない夜ですし、帰り道まで、あなたたちに護衛して頂くのも悪いと思います。ですから、槍部隊を連れて行きます」
「それでよかろう。用心するに越したことは、ないのじゃからのう」
オイルレーズンは素直に承知した。それでフォンデュ氏が近くの小屋へ走り、八人の獣族と一緒に戻る。
キャロリーヌたちが、マトンを先頭にして牛肉食堂へ向かう。
四人の後ろを、オクラ氏とフォンデュ氏が横並びとなり、その左右と前後に二人ずつ、長い槍を持った獣族が警戒しながら進む。
少なからず物物しい雰囲気が漂い、この光景を見る者があれば、きっと、「なにごとか」と思うに違いない。