《★~ 長く続く対立 ~》
パンゲア地下牢獄を巡る騒ぎは、なにも今に始まったことでもない。この地下の街には、昔から、パンゲア帝国の属領として、これまで通り長老が統治する街のままがよいと考える隷属支持の者たちと、独立国家の建設を目指す独立支持の集団があって、二つの勢力が長く対立を続けてきた。先ほど起きた暴動も、そのような争いの一環である。これは、牛肉食堂の主人が教えてくれたこと。
キャロリーヌが問う。
「牛肉食堂さんは、どちらを支持しておられますの?」
「わては、地下街がパンゲア帝国の属領であるままがよいと思います。なにしろ、帝国が良質の牛を卸してくれるお陰で、牛肉食堂を続けてこられましたから」
「ご商売を、大切に思ってらっしゃるのね」
「ええ、わてが腕を奮ってお出しする厚切り牛肉を、これから先もずっと、この街の方々に味わって欲しいものです」
オイルレーズンが、「身罷られたケバブ女史も一推しするほどの料理屋じゃからのう」と述べた上で、話題を変えようとする。
「ところで、ヨガトに会うことは、叶わぬじゃろうか?」
「長老を殺害したからには、牢獄に押し込まれ、二度と出られないでしょう」
「ヨガトの持ち物は、どのようになるかのう?」
「おそらく民生事務所の役人が、すべて没収すると思います」
「そうか」
ラディシュグラッセからヨガトの手へと渡った魔石を、今はオクラ氏が握っているかもしれない。オイルレーズンは、胸の内で「もしもそうなら、都合のよいことじゃわい」とつぶやくのだった。
ショコラビスケが、牛肉食堂の主人に話し掛ける。
「それはそうと、俺らは名乗り合っていませんぜ?」
「わては、オーニク‐クロウシです」
「おう、俺は新進気鋭の探索者、ショコラビスケだ!」
「あたくしは、キャロリーヌ‐メルフィルですわ」
「僕はマトン‐ストロガノフです。剣士をしています」
「あたしの名はオイルレーズンじゃよ。死に損ない魔女のババアといったところかのう。ふぁっははは!」
「ボクはパースリ‐ヴィニガ、全世界学者です」
しばらく雑談が続く。クロウシ氏が、先ほど話していた対立について、さらに詳しく教えてくれた。
独立支持のオクラ氏が長老の代理人となったことに加え、隷属支持で首領の立場にあったヨガトが失脚したため、独立国家を目指す集団が勢力を強めてしまうだろうと、クロウシ氏の顔が、さも残念そうな気色を見せていた。
ケバブ氏を弔う式典が、予定通り六つ刻から始まる。
せっかくなので、キャロリーヌたちも参列した。取り立てて大きな騒ぎも起こることなく、四半刻ばかりが過ぎた頃、式典は無事に終了する。
オイルレーズンは、オクラ氏の傍へ駆け寄り、面談を申し込む。
しかしながら、相手は「この後、長老の代理人として、やるべきことが山のようにあります。夜を迎えるまで、待って下さい」と答えた。それで、十の刻に会うことを約束する。場所は、ラクトウス食品配給所の隣りということで、そこへ向かう道を教えて貰った。
「さあて、夜を迎えるまで、どのように過ごすかのう」
「そんなら、まずは昼飯にしますかねえ?」
ショコラビスケが、背袋に入れていた、甘蕉の葉っぱの包みを取り出す。その中身は、生の牛肉六枚である。
クロウシ氏が、横から口を挟む。
「わてのところで、お待ちになってはどうでしょうか」
「あら、よろしいのかしら?」
「一向に構いません。今日はもう商売をしませんけれど、牛肉なら沢山残っていますから、お好きなだけ、食して下さればよろしい」
「おうおう、そいつは助かりますぜ! がっほほほ!」
当然のこと、ショコラビスケが大喜びするのだった。
こうしてキャロリーヌたちは、牛肉食堂へ向かうことにする。
道の途中、シルキーが舞い戻り、調査したことを報告してくれた。誠に残念ながら、洞窟の天井から地上へ通じているような、いわゆる「抜け穴」は、一つとして見つけられなかったとのこと。




