《★~ 働いたら負け王妃(四) ~》
オイルレーズンが、パースリに図を手渡した。つまり、今度もまた、先導の役を任せるということ。
横から、鎖鎌を握ったジャンバラヤ氏が問い掛ける。
「パースリ、まずはどちらに進むのだ?」
「ここから最も近いのは、先ほどボクたちが食事をした《牛肉食堂》です。第一に、そこへ向かいましょう。そして、これから行く先々、店主から知っている料理屋の場所を教えて貰い、近いところから順番に赴くのがよいと思います」
「おうおう、そいつは名案だぜ! さすがは全世界学者でさあ!」
ショコラビスケが目を輝かせた。竜族の考え方は、たいてい単純なので、人族が普通に思いつくことに、大きく感心したりするもの。
一行が広い通りに出たところ、民生事務所の役人が巡回していて、長老の死去と、彼女を弔う式典が中央大広場で六つ刻から執り行われることについて、教えてくれた。加えて、いわゆる「お供え」の花を持った参列者たちが、既に広場で長い列を作っているのだと話した。それから、これをまだ知らない者がいたら伝えるようにと要請して、近くを通行する者のところへ向かった。
キャロリーヌが、ふと思うことを口に出す。
「式典が始まるまでには、まだ一つ刻より多くありますのに、今から参列者の方々が集まっておいでというのは、少なからず驚きましたわ」
「まさしく、魔石の力じゃよ。ここに暮らす者どもは、魔石を持つ長老のことを、心の奥底から崇めておる」
魔石の呪縛を掛けられてしまうと、その者の身体または心が、なにかに縛りつけられる。パンゲア衛兵団の竜族兵たちは、身体が帝国の土地に縛られており、パンゲア地下牢獄の住人は、心が長老の権威に縛られている。
キャロリーヌは、魔石のおそろしさを、改めて感じざるを得ない。
引き続き歩き、「牛肉食堂」に着いた時、店主が出てきた。
「おや、先ほど食事をして下さった方々ですね。またおいでなさったのは嬉しいですけれど、今日はもう、仕事を取りやめにします」
「分かっておる。長老が身罷られたという理由であろう?」
「ええ、仰せの通りです。わては今から、式典のある広場へ向かいます」
店主が立ち去ろうとするけれど、オイルレーズンが引き留める。
「急いでおるところ済まぬがな」
「なんでございましょう?」
「一つ、尋ねたいことがあるのじゃよ」
「なるべく手短に願います」
「ふむ。働いたら負け王妃なぞと呼ばれておる、ラディシュグラッセという名の魔女族を、知っておるかのう?」
「ええ、もちろんです。知っているどころか、わてと一緒に暮らしています」
これを聞いたジャンバラヤ氏が黙っていない。
「オレの姉がここにいるのだな!」
「え、あんたさんの姉??」
「そうだ! ラディシュグラッセはオレの姉だ!」
「分かりましたから、そんな危ない道具を、こちらに向けないで下さい。どうしようもなく、おそろしいのです」
「おお、済まなかった!」
ジャンバラヤ氏は、興奮のあまり、店主の顔面近くに鎖鎌を掲げていた。それを握る手を、あわてて下ろす。
店主が、少なからず安堵した気色で言葉を続ける。
「あんたさんの姉かどうかは知りませんけれど、働いたら負け王妃なら、店の中にいます。会いたいなら、勝手に入って下さい。わては、もう出掛けます」
「そうか、引き留めて悪かったな。さあ行ってくれ」
「ええ、行きます」
店主は、この一言を残して立ち去る。
ジャンバラヤ氏が扉を開けて中に入る。キャロリーヌたちも後に続く。
一人の女性が席に着いて、厚切り牛肉を食しているところだった。ジャンバラヤ氏が、女性のいる食卓に向かって駆けながら、叫び声を放つ。
「姉さぁ-ん!!」
「あれ、アンドゥイユなの!?」
「そうだ! オレだよ! このオレがきたからには、安心してくれ! きっとオレが救い出す! 一緒に家へ帰ろう!」
「アンドゥイユ、でもどうやって、ここから出られるの?」
ラディシュグラッセは、不思議そうな気色をしている。
そんな彼女の顔面が、「この地下牢獄から逃れる術は、一つとしてないわよ」と物語っているように、キャロリーヌには思えるのだった。




