《★~ 働いたら負け王妃(三) ~》
少なからず早足で歩くこと五分刻ばかり、キャロリーヌたち一行は、ザクースカ氏の新しい邸宅に到着する。
隣りの建物が、「小料理屋マトン」の移転先だという。ショコラビスケが、ザクースカ氏の指示に従い、運んできた看板を所定のところに設置した。
「やあ、助かったよ」
「がっほほ! 力が自慢の俺にしちゃ、お安いご用ですぜ。それより、こちらの料理屋は、いつ始めるでさあ?」
「今晩からにしようと思っていたが、パンゲア地下牢獄長老が身罷られたと聞いたからには、取りやめにしないとな。だから、明日から開くことにする。よかったら一番のお客になってくれ。看板を取りつけてくれたから、お代はいらないよ」
「おうおう、そりゃ嬉しいぜ!」
大喜びするショコラビスケに、オイルレーズンが注意を与える。
「戯け!!」
「おう、そうだったぜ。がほほ……」
ショコラビスケは、自分がどうして地下にきているのか、その重要な目的を思い出し、少しばかり反省する。
ザクースカ氏が考えて、率直に話す。
「人数も多いから落ち着いて話すには、わしの狭い邸宅より、こちらの方がふさわしいはずだ。さあ皆さん、どうぞ入りなされ」
「そうさせて頂きますわ」
キャロリーヌたちは、新しい「小料理屋マトン」に足を踏み入れる。生々しい木材の香りが漂っている。
ザクースカ氏は、客人たちが着席するのを待ってから、自身も木製の台に腰を掛け、おもむろに話を始める。
「わしがラディシュグラッセと初めて会ったのは、今から一年ばかり前だ。彼女は既に、働いたら負け王妃と呼ばれていた」
「どうして、そのような異名ですの?」
「当の本人が、口癖のように《働いたら負けですから》と言って、一切の仕事を拒絶していたからだよ。最初のうちは、物珍しさと、そしてなにより第四王妃という高貴な身分にあったから、誰もが彼女を食客として歓迎していたらしい」
「まあ、そうでしたのね」
「わしの店へ食べにくるお客の中に、昔馴染みの蛸焼き屋がいたが、奴が連れてきたことで、わしは彼女と出会ったのだ」
ここにオイルレーズンが口を挟む。
「ラディシュグラッセは当時、蛸焼き屋に住んでおったのか?」
「その通りだ。しかし、奴が死んでしまい、働いたら負け王妃は困った末、わしを頼ってきた。半年ばかり前にな。料理屋をしているわしにしてみれば、食事を出すくらいどうということはないから、彼女を店に住まわせた。しかし、十日前、店の移転で忙しかったので、《少しは手伝え》と文句を言った。それで彼女が機嫌を損ね、《働いたら負けですから》という言葉一つを残し、去ってしまった。その後、彼女がどこへ行ったかは知らん」
「なるほどな。立派に、働いたら負け王妃の立場を貫いたのだね。あははは」
「剣士殿、笑っている場合ではない! オレの姉は行方不明なのだ! どこかで、酷い空腹に苛まれているかもしれない! 笑う暇があるなら、見つける方策の一つでも考えろ!」
立ち上がって激怒するジャンバラヤ氏に、マトンが冷静に応じる。
「鎖鎌殿、座って話を聞くことだよ。なにしろ僕はもう、ラディシュグラッセさんを見つける方策を分かっているのだからね」
「なんだと、それは本当か!?」
「うん。確実に見つけられると思うよ」
ここへショコラビスケが割り込んでくる。
「ザクースカさんの話を聞いて、この俺にも分かったぜ!」
「あたくしも分かりましてよ」
「なんだなんだ、三人揃って分かったような口を利きやがって!」
「どうやら分かっておらぬのは、アンドゥイユだけのようじゃな」
「えっ、オイルレーズン女史もお分かりですか!」
「そうじゃとも。キャロルや、ラディシュグラッセを見つける方策を、アンドゥイユにも分かるよう、説明してやるがよい」
「はい」
キャロリーヌは素直に応じ、ジャンバラヤ氏に向かって話す。
「ラディシュグラッセさんは、食べるのに困らないよう、どこか食事処のような場所に、きっといらっしゃいますわ」
「そうなのか!!」
「ええ、間違いありません」
「だったら、この地下街にある食事処を、隈なく探すまでだ!」
「そうするとしよう。ザクースカさんや、知っておる料理屋を、すべて教えてくれるかのう?」
「ああ、教えよう」
ザクースカ氏が、いくつかの食事処へ向かうための図を書いてくれた。彼にお礼と別れの言葉を述べ、キャロリーヌたちが店を後にする。




