《★~ 働いたら負け王妃(二) ~》
偶然にして、生き別れの姉を知る者に出会えたものだから、ジャンバラヤ氏は多大な幸運を感じると同時に、胸の内が騒いで動揺を隠せない。
「マトン爺さん!!」
「な、なんだ??」
「オレの姉は今どこにいる!」
「はあ? お前の姉とは誰のことだ」
「ラディシュグラッセだ。今どこにいるのか、教えてくれ!」
「わしは知らん」
「ええっ!?」
「働いたら負け王妃の居場所を知らんのだ」
「そんな……」
がっかりして肩を落とすジャンバラヤ氏である。
彼に代わり、キャロリーヌが話す。
「先ほどザクースカさんは、《よく知っている》と仰いました。でも、ラディシュグラッセさんの居場所をご存知でないのは、どういうことかしら?」
「おや、わしは、《よく知っていた》と言ったつもりだがな」
「いいえ、違っていましてよ。間違いなく、《よく知っている》とハッキリ仰いましたわ」
「ふむ。あたしにも、そのように聞こえたわい」
オイルレーズンがキャロリーヌの主張に賛同した。ザクースカ氏を除いて、他の者も口には出さないけれど、同じように思うのだった。
ザクースカ氏は弁解する。
「歳を取ると、ついさっき言ったことまで忘れてしまう」
「がっほほ! 俺は寝る前までなら、ちゃんと覚えていますぜ?」
「ショコラや、話がややこしくなるのでな、黙っているがよい」
「了解でさあ。がほほ……」
オイルレーズンから注意を受け、ショコラビスケは口を閉ざす。
再びジャンバラヤ氏が、ザクースカ氏に問う。
「ラディシュグラッセを知っていたというのは、本当なのだな?」
「そうだ。半年ばかり以前から、わしと一緒に暮らしていた」
「な、なんだと!!」
「そして十日前、働いたら負け王妃は、唐突に姿を消した」
「姿を消しただと!!」
繰り返して大声を上げるジャンバラヤ氏である。
近くを歩いていた数人が止まり、「なにごとか」というような表情で、こちらを窺っているのだった。それでオイルレーズンが、一つ提案を出す。
「路上で大勢が、このように立ち話をしておっては、通行の妨げとなって大きな迷惑じゃわい。場所を変えて、働いたら負け王妃なぞと呼ばれておるという、ラディシュグラッセのことを、聞かせて貰えるじゃろうか?」
「そうだな、わしの新しい家にくればよい」
「ふむ、そうするとしよう。ショコラや、ザクースカさんに代わって、看板を運ぶのじゃよ」
「へいへい、お引き受けしますぜ。がほほ!」
ショコラビスケは、「小料理屋マトン」と書いてある大きな札を、片手で軽々と持ち上げる。
手ぶらになったザクースカ氏に、キャロリーヌが問い掛ける。
「新しいお家は、どちらにありますの?」
「あっちだ。ついてきなされ」
ザクースカ氏は、少し先にある脇道へ向かって歩き始めた。キャロリーヌたちが後に続く。
「今日は、やけに人出があるなあ」
歩きながら、ザクースカ氏がつぶやいた。
目指す脇道の奥から、人族や獣族が、こちらの広い通りに向かってくる。その者たちを見て、オイルレーズンが口を開く。
「皆、中央大広場に行くのじゃろう」
「今日は、なにか催しでもあったかな」
「ザクースカさんは、まだ知らぬか。先ほど、長老が身罷りになったのじゃよ」
「なに、そうなのか!?」
ケバブ氏の死去は、ザクースカ氏にとって初耳だった。それでも、二代目のパンゲア地下牢獄長老が身罷った二十年前の記憶が蘇り、得心に至る。
「すると、クッパプさんを弔う式典があるのだな」
「そのようじゃけれど、その前に、まずは四代目の長老を定めると、役人のオクラ女史が話しておったわい」
「ああ、あの説明好きの女だな」
ザクースカ氏が言うには、オクラ氏は他の者を相手に、色々と説しく教えることに生きがいを感じているらしい。
キャロリーヌが、また質問をする。
「四代目の長老さんは、どのように決めますのかしら?」
「このパンゲア地下牢獄に四十五年より多く暮らした人族の女性で、一番遅くに生まれた者が、新しい長老に選ばれるのだ」
「あら、そうなのですね」
厳格な規律が用意されているお陰で、民籍帳簿を調べさえすれば、簡単に四代目を定められるという。だから今頃、新しい長老が決まったに違いない。