《★~ 働いたら負け王妃(一) ~》
歩きながら、ショコラビスケが気にしていることを尋ねる。
「首領、俺たちも、ここの住人になるのですかねえ?」
「いいや違う。あたしが先ほど、民籍登録について、あの者に《明日の一番にせねばなるまい》と返答したのは、急場凌ぎのことじゃよ。事情を細かく説明するのが、少なからず面倒そうに思えたからのう」
「つまり、偽りを話したってえ訳ですかい?」
「その通りじゃとも。今のあたしらは、刻を無駄にできぬ状況なのでな」
「おうおう、ご尤もでさあ」
ようやくショコラビスケが得心に至る。
ジャンバラヤ氏が、別のことについて問い掛ける。
「オイルレーズン女史、魔石を持つ者が、三年と七ヶ月くらい前にやってきたというのは、確かなのでしょうか?」
「あたしは、そう考えておる。丁度その頃、ローラシア皇国宮廷で、パンゲア帝国の皇太子が命を落とすという大事変が起こってな、謝罪という口実で、三千の竜族兵が贈られた。その後、彼らの多くが、地帯呪縛に属する魔法を施されたがため、帝国の土地に縛られるようになったのじゃよ」
「そうだったのですか」
「ふむ」
「あの、これはオレの推測ですが、魔石を持つ者というのは、もしかするとオレの姉ではないだろうかと考えたのです」
珍しいことにジャンバラヤ氏が、自信のなさそうな話し方をした。
「その理由はなんじゃな? 思うことがあるなら、ハッキリ言うてみるがよい」
「実は、一ヶ月ごとに必ず送られてくる姉からの伝書が、三年と七ヶ月前に途絶えてしまったのです」
「ほほう、そうか。アンドゥイユは、ラディシュグラッセが、このパンゲア地下牢獄へ追いやられたと考えておるのじゃな。シルキーが話しておったわい。生き別れとなっている姉を救い出したいがため、パースリたちに頼み込んで、地下迷宮の探索に加わってきおったと」
「そうです」
ジャンバラヤ氏が、頭を大きく縦に振って、さらに言葉を続ける。
「バゲット三世王の第四王妃だった姉は、誰かの陰謀で、帝国王室の後宮を追放されたに違いありません!」
「その陰謀は、第三王妃として後宮に君臨しておったベイクドアラスカによるものと考えるのが、おそらく妥当であろう。その際、ラディシュグラッセに、餞別として、魔石を持たせたのかもしれぬのう」
この時、後方の脇道から、人族の老いた男性が現れた。両手で木製の大きな札を持って、重そうに運んでいる。札には、「小料理屋マトン」と書いてあり、ショコラビスケが気になって、その者に問う。
「爺さん、そいつは、近くにある食事処のものじゃあねえのですかい?」
「その通りだ。しかし、それがどうした」
老男性は、渋い薬剤類でも舐めたような顔面で答えた。
「いやあ、そいつを一体どこへ持って行くのでさあ?」
「わしの新しい家の隣りまで運ぶのだ。なにか文句でもあるのか」
「がほ、するってえと、爺さんはマトンさんですかい?」
「そうだ。わしはマトン‐ザクースカ、小料理屋マトンの店主をしている」
ここにキャロリーヌが口を挟む。
「お爺さんも、マトンというお名前ですのね」
「ああそうだよ。あんたもマトンなのだな」
「それは違っていましてよ。あたくしは、キャロリーヌ‐メルフィルですわ。マトンというお名前をお持ちなのは、こちらのお方ですの」
キャロリーヌがふり返って視線を向けるので、マトンは一歩前へ出る。
「どうも初めまして。僕はマトン‐ストロガノフです。剣士をしています」
「奇遇なことに、わしらはマトン同士なのだな。わははは!」
渋面だったザクースカ氏が、陽気に笑い声を上げる。
そして彼は、「小料理屋マトン」の札を運んでいる理由を話した。つまり、営んでいる食事処を、彼の新しい自宅の隣りへ移転することになったので、大切にしてきた店の看板を、そちらへ持って行くということ。
オイルレーズンが横から、ザクースカ氏に問い掛ける。
「三年と七ヶ月くらい前に、この地下街にきた者を知らぬかのう」
「急に尋ねられても、すぐには思い出せない」
「ならば、バゲット三世王の第四王妃については、どうじゃろうか? ラディシュグラッセという名の魔女族じゃよ」
「ああ、よく知っている。働いたら負け王妃だ」
「あらまあ、そのような異名をお持ちなの!?」
キャロリーヌが大きく驚いた。
働くことは、いわゆる「美徳」だと思って疑うことなく、これまで生きてきたのだから、どうして働いたら負けなのか、砂粒の大きさすらも理解できない。




