《☆~ 魔石を持つ者(二) ~》
アラビアーナ地下迷宮の最深層では、いわゆる「突貫作業」のような進め方で、一昨日の夕刻から、懸命に斜面造りが続けられてきた。
ショコラビスケが拳を使い、ジャンバラヤ氏は鎖鎌で、壁の氷を叩き割っている。垂直に立つ崖の上でも、キャロリーヌが岩を脆くする魔法を唱え、マトンとパースリが削り落とす作業をしていた。そうして得る大量の氷や岩と砂利を、高く積み上げているにも拘わらず、崖の高さの半分には、まだまだ届きそうにない。
一つ大きく気掛かりなのは、ショコラビスケの空腹と疲労が限界に近づいていること。それなのに本人は、「減った体重が元に戻っちゃあ、今までの苦労が無駄になるぜ!」と叫び、お湯を飲むだけで凌いでいる。
昨晩、ショコラビスケを除く者たちは、力仕事に耐えるため、模造肉を食すことにした。それをパースリが提案したところ、ジャンバラヤ氏が、「だったら、このオレさまも、ショコラビスケの飯抜きにつき合う!」と、威勢よく申し出たけれど、ショコラビスケが「いやあ、ジャンバラヤさんも遠慮なんかしねえで、俺の分も食って下せえ。一人でも多く体力を回復させりゃあ、それだけ早く斜面を完成させられるってえことでさあ。がほほ」と笑って、皆に食事を勧めた。
ショコラビスケの思いに報いるのだと、ジャンバラヤ氏は眠らず、ひたすらに氷を割り続けている。
一方、パースリが崖の上で作業を続けながら、胸の内では、「明日の夕刻までに斜面が完成しない。ショコラビスケさんたちの努力は水泡に帰す」と思っており、自らの立案した方策が失敗に終わることを確信するに至った。大きく見積もり違いをしてしまったのだと、深く反省している。
ここへ、オイルレーズンとシルキーが姿を現すのだった。パースリの方から、先に声を掛ける。
「オイル伯母さん、お待ちしていました。シルキー氏もご苦労さま」
「ふむ」
「きゅい」
続いて、キャロリーヌがオイルレーズンに近寄って話す。
「一等栄養官さま、お元気でしたかしら?」
「もちろんじゃとも。それより、キャロルたちの方こそ、大変じゃったのう。皆、少なからず痩せてしまっておる」
「ええ、食事の回数が少なかったものですから。特にショコラビスケさんが、空腹の限界を迎えておられますの」
「そのことじゃがな」
オイルレーズンは、視線をキャロリーヌからパースリに移し、言葉を続ける。
「斜面造りは、取りやめてよいかもしれぬよ」
「えっ、それはどうしてでしょうか!? ショコラビスケさんには、パンゲア牢獄街へ向かって頂くことになっていましたよね?」
「遠くないのでな、ここへ魔石を持ってくればよいのじゃよ」
「頑丈なところに、閉じ込めてあるのでは?」
「そうとも限らぬと分かった。誰かが、手元に置いておるかもしれぬ」
「持ち主が見つかるでしょうか」
「そのような者を、調べて貰っておる」
オイルレーズンは、長老と面会して決まったことについて話す。それから、パースリとキャロリーヌを連れて、崖の下に下りた。
思っていた以上に痩せ衰えているショコラビスケの姿を目の当たりにして、オイルレーズンは、少しばかり驚いた。
「ショコラや、今にも倒れそうじゃな。もう作業はせずともよい」
「ですが、この俺を崖の上へ引っ張り上げて貰うには、綱の届く高さまでの斜面が必要なようですぜ?」
「いいや、そんなにも痩せたのなら、斜面なぞ、なくてよさそうじゃ」
「がほ、そりゃあ一体、どういう訳でさあ??」
「綱の束を持つがよい」
「へいへい、承知ですぜ」
ショコラビスケは指示に従った。
オイルレーズンが、綱の一端をキャロリーヌの腰に結ぶ。そしてパースリから賢者の石を受け取り、「浮かべ」と言葉を掛けた上で、キャロリーヌに手渡す。さらに「増幅効果」と詠唱する。
キャロリーヌが「きゃ!」と声を上げる。身体が急に浮かび上がったのだから、無理もないこと。
「これで賢者の石に働く浮力を、およそ四倍にできておる。キャロルや、上昇してみるのじゃ」
「分かりましたわ」
キャロリーヌは、魔法を唱えて上昇する。
綱の束を持つショコラビスケの巨体が、少しばかり浮く。
「がほっ、俺でも持ち上がるのかよ! がほほほ」
ショコラビスケが驚愕し、喜びの表情を見せる。
しかしながら、すぐに動きが止まってしまう。息を飲んで見守っていたパースリとジャンバラヤ氏が、落胆して溜め息をつく。




