《☆~ オイルレーズンの行動(四) ~》
ピーツァがオイルレーズンを背負って移動すること、おおよそ三分刻のところ、縦に細長く建てられた小屋の前に着く。ピーツァは、十日ほど前から、ここで小麦の粉挽き労働をしているという。
オイルレーズンが地面に降り立ち、周囲を見渡す。空間は起伏に富んでおり、この辺りは洞窟の天井がわりと低いため、建物が上方の壁に届いている。
「小麦は昇降機で運び込まれておるのか?」
「いんや、こんが場所に小麦さがねえがおす」
「それならば、どこにあるのじゃな?」
「あっしは知らぬがおっす」
「知らぬのか??」
「がおす」
どういう訳かを、ピーツァが説明する。ここでの仕事は、小屋の真ん中に立っている太い軸を、数人が力を合わせて回転させること。つまりピーツァたちは、いわゆる「縁の下の力持ち」に過ぎない。
オイルレーズンは得心した。上に別の部屋があって、そちらで小麦が粉にされているということ。
「ところでピーツァよ」
「がおす?」
「長老の邸宅はどこじゃろうか?」
「こんが道さ真っすぐに進むが、長老さ邸宅がは、すぐ分かるがおす」
「そうか、助かったわい」
「がおす!」
「ふむ。それから一つ、忠告しておくとしよう。パンゲア帝国の機密は漏らさぬ方がよい。王室の者に知られると、おそらく首を跳ねられるじゃろうから」
「が、がおっす!!」
「さて、これは案内してくれた謝礼じゃ」
オイルレーズンが銀貨を一枚差し出す。
ピーツァは大喜びして、「がおーっす!!」と叫ぶ。なにしろ、朝から夕刻まで働いて得られるのと同じ稼ぎが、僅か数分刻のうちに手に入ったのだから、それも無理のないこと。
長老の邸宅は近くにあって、本当にすぐ分かった。なにしろ、「長老」と書いた木製の札が扉に貼りつけてあるのだから、間違えるはずがない。
呼び鈴を鳴らそうとしても、酷く錆びていて音はまったく出なかった。仕方なく扉を叩いたところ、小妖魔の稚児が姿を現す。
オイルレーズンは、その者を見下ろして、ゆっくり問う。
「長老は、おるかのう?」
「なんど」
訛りの強い獣族の言葉も分かり辛いけれど、幼い小妖魔との会話も同じく、なかなかに厄介である。
「長老の意味は、分からぬかのう?」
「えるだ?」
「そうじゃとも。あたしゃ、長老に用があるのでな、取り次いでくれぬか?」
「えるだ?」
「この邸宅の主人じゃよ。おるかのう?」
「ますた??」
「それも分からぬのか。困ったものじゃわい……」
話がまったく通じないので、オイルレーズンは辟易させられた。
ここへ、白頭鷲が飛んでくる。
「おおシルキーか。思いの外、早かったのう」
「きゅい!」
「それで、様子はどうじゃな?」
オイルレーズンから状況報告を促されたので、シルキーは、確かめてきたことをありのままに伝える。その話によると、キャロリーヌたちは、今なお、斜面を造るために、たいそう苦心しているらしい。
《先に、キャロルたちのところへ向かうとするかのう》
オイルレーズンは、長老との面会は後回しにするのがよいと考えた。
扉の内側にいた小妖魔の姿が、いつの間にか消えているので、開きっぱなしの扉を閉じようとする。
ここへ、人族の老婆が出てきた。この者は、菫色の婦人服を纏っており、目を細めて、問い掛けてくる。
「どなたでしょうか?」
「あたしゃオイルレーズン、魔女族ですわい。一つ用件があって、こちらへ伺ったのじゃけれど、先ほど応対してくれた稚児に話が通じないで、とても困っておったところですわい」
「ああ、キッシュね。あの子は、お使いに行かせていますわ」
これを聞いたオイルレーズンは、胸の内で、「まだまともに会話もできないような幼い者に、お使いなぞ務まるものじゃろうか」と思うのだった。
「キッシュはね、まだまともな会話ができない稚児ながらも、麺麭と野菜汁を受け取り、ちゃんと持ち帰りますわよ。ぬふふ」
「ふむ。ところで、そなたが長老でしょうかのう?」
「ええそう、仰る通り。この私は、三代目のパンゲア地下牢獄長老、クッパプ‐ケバブですわ。ぬっふふふ」
皺の多い老婆が、その顔に怪しげな笑みを浮かべている。
こうなったからには、長老との面会を今さら後回しにする訳にはいかない。ケバブ氏に誘われ、シルキーとともに邸宅の中へ進む。




