《☆~ オイルレーズンの行動(二) ~》
上級要人部屋を出て、かれこれ十分刻が過ぎた。
なかなかに強い日の光がある道、心地のよい風と香りが流れてくる。この爽やかな景色を前にして、オイルレーズンは、ふと小麦に思いを馳せる。
現代では、小麦がグレート‐ローラシア大陸の至るところ、色々な料理に使われているけれど、この辺りが発祥の地である。大昔からここに住んでいるコナ民族たちは、一番の食材として大切にしてきた。
第十の月に種を蒔き、翌年の第七月が終わる頃、刈り入れを始めるという。つまり今、収穫の時期を迎えている。
「実りは、どのような具合じゃな?」
「今年も大豊作にございます」
ミルクドは嬉しそうに答え、立ち止まる。
目的地に到着したということ。足元に、下へ向かう階段がある。
「こちらを下りまして、真っすぐに進みますと、扉がございます。その奥深くに、宝物庫がございます」
「ご苦労じゃった」
「本当に、地下へ赴かれるのでしょうか?」
「もちろんじゃとも。それがために、案内を頼んだのじゃから」
「畏まりました。どうかご無事で」
「ふむ」
階段の下へ、オイルレーズンとシルキーが慎重に進む。ミルクドは、直立不動の姿勢で見送った。
これから向かうパンゲア牢獄街は、今なお、謎に包まれている。若い頃、オイルレーズンは、全世界学者だった叔父のディグ‐ハタケーツから話を聞いたことがある。その地下街が、どのような経緯で作られ、多くの人がどのように閉じ込められたかを教えて貰った。でも、それは僅かばかりを知ったに過ぎない。
数日前、ミルクドが自ら進んで、パンゲア牢獄街のことをオイルレーズンに打ち明けた。先ほど、機密に関わることも話してくれた。少なからず敬意を示す証に違いない。あるいは彼女がメルフィル家に働いた、過去の酷い行為に対する償いかもしれない。
兎も角、昇降機が地下へ通じているという情報を得ることができたのは、大きな意義があると言えよう。
階段の下、扉から中へ入ってみると、奥に別の扉があった。さらに進んで、扉をいくつも越えたところ、殺風景な部屋に辿り着く。壁の一つが太い鉄製の格子で、牢獄を思わせるところだった。
格子の外側に衛兵が立ち、こちらを険しい表情で見つめている。
オイルレーズンとシルキーは、黙って通り過ぎようとする。
「待て!」
「なんじゃな?」
「婆さんは、宝物庫に用があってきたのだろう?」
「そうじゃとも」
オイルレーズンが衛兵を睨む。
しかしながら、相手は臆する様子を見せない。
「だったら、尋ねたいことがあるだろう?」
「尋ねることなぞ、一つとしてないわい」
「ここへやってくる者は、決まって金貨と出口について尋ねるが、そうしなかったのは、婆さんが初めてだ」
「じゃからといって、どうかするのかのう?」
「どうもしない。だからさっさと行け!」
「お前さんに呼び止められておらなんだら、とっくに行っておったわい」
「な、なんだとぉ!!」
格子の向こう側で衛兵が怒鳴り始めたけれど、オイルレーズンたちは、彼に背を向け、さっさと部屋を後にする。
通路を歩きながら、一昨日の夕刻にキャロリーヌたちがどのような状況だったのか、シルキーに教えて貰う。
引き続き、いくつか扉を越えたところ、薄暗い街が現れた。
「ふむ、ここがパンゲア牢獄街じゃな」
「きゅい」
目前に原っぱがあり、その向こう側に、いくつか小屋が並んで建っている。ぼんやりと明かりが漏れているから、誰か住んでいると推察できた。
突如、オイルレーズンの脹脛に、激しい痒みが走る。平たい塊が怪しげに動いているのだった。
「なんじゃ!?」
「きゅっ!!」
咄嗟にシルキーが飛び掛かり、嘴で突いて払い落とす。
黒っぽい蒼色をした塊は、原っぱの方へ素早く走り去る。その姿から、大王蠍と呼ばれる毒虫だと分かった。
「よくぞ退治してくれたわい!」
「くうっこぉ」
謙遜しながらも、シルキーは誇らしげな顔を見せた。
一方、オイルレーズンは落ち着きを取り戻す。
「それはそうと、先に魔石を探し出すか、それとも、キャロルたちと合流するのがよいじゃろうか。果たして、どちらを選ぶか……」
少しばかり考えた上で、最善と思える策を得る。
「キャロルたちの様子を、確かめてきてくれるかのう?」
「きゅい!」
シルキーが承知して、すぐに飛び立つ。