《☆~ オイルレーズンの行動(一) ~》
こちらは、オイルレーズンが滞在しているパンゲア帝国王室。停戦交渉という名目で訪れ、八度目となる朝、三つ刻を迎えた。
上級要人部屋に、朝餉の仕度が整えられている。客人の姿は他になく、オイルレーズンがたった一人、豪勢な食事の席に着く。最上級の待遇に違いないけれど、もの寂しさを感じざるを得ない。それに加えて、キャロリーヌたち一行が空腹と寒さに耐えながらアラビアーナの地下迷宮にいることを思えば、とても心苦しかった。彼女たちが今、どのような状況にあるかを知る術もなく、ただ安全を願うばかりの日々が続いていた。
今朝は、中空脊柱と呼ばれる珍しい海魚の生肉が薄く切られて、平皿に盛りつけてあるというのに、一切れすら食していない。
突如、壁を叩く音が鳴った。
オイルレーズンは急ぎ駆け寄る。扉を開くと、使い鷲のシルキーがいた。
「おお、ご苦労じゃった。皆は無事かのう?」
「きゅい」
「ほう、まずは喜ばしいことじゃわい」
オイルレーズンは、吉報を得られて胸を撫で下ろす。そして、もう一つ気掛かりだったことについて尋ねる。
「それはそうと、パンゲア牢獄街には、うまく辿り着けたのか?」
「きゅい」
「よくぞ見つけてくれた! ふぁっはっは!」
高らかに笑うオイルレーズンである。
一方、シルキーは衰弱が激しい。一昨日の夕刻、牢獄街を見つけた後、地下迷宮を逆方向に戻る大役を担った。模造の生肉と水で食事を済ませ、不眠豆と力豆を一粒ずつ貰って服用したけれど、その後は丸一日と六つ刻の間、ずっと飛び続けたのだから、無理もないこと。
オイルレーズンは、シルキーを食卓へと誘い、中空脊柱の平皿を差し出す。
「これは最上級海魚じゃよ。好きなだけ食すがよい」
「きゅい!!」
シルキーは、嬉々として切り身をついばみ、そして新鮮な水を飲む。
ここに第一女官のミルクド‐カプチーノが姿を現す。部屋の中に白頭鷲がいるので、少なからず驚いたけれど、そのことについて尋ねたりしない。
「朝餉には、なにか万に一つでも不足など、ございませんでしょうか?」
「もちろんじゃとも」
「そう言って頂けますこと、幸いにございます」
第一女官は、頭を軽く下げてみせる。
彼女が顔を上げるのを待って、オイルレーズンが話を切り出す。
「ところでミルクド」
「はい」
「あたしは、いよいよ地下の宝物庫へゆくと決心を固めたでのう、済まぬことじゃが、案内を頼んでもよいかのう」
「承知致しました。ご出立は、いつになさいますか?」
「できることなら、今すぐにじゃよ」
「では早速、参りましょう」
「ふむ」
オイルレーズンとシルキーは、ミルクドに連れられて部屋を出た。
外は、今日も日の光が満ち溢れ、少しばかり暑さを感じる。
「地下は、涼しいかのう?」
「私は立ち入ったことがなく、どのような具合か存じ上げませんけれど、話として小耳に挟んだことはございます。地下の監視役を務める衛兵らが申すには、なかなかに涼しいようです」
「そうか」
歩く先に、小麦の耕作地が広がっている。
かつてオイルレーズンは、帝国王室の後宮内で暮らしていたけれど、敷地内を散策することがあまりなく、初めて見る景色だった。
さらに進むと、小さな川が流れており、水車がクルクルと回っていた。そのすぐ傍に、煉瓦造りの建物もあるけれど、鉄製の格子で厳重に囲まれている。
「あすこに、誰か住んでおるのじゃろうか?」
「いいえ。あれは小麦と、その粉を運搬するための施設にございます」
「どこへ運ぶのじゃ?」
「昇降機を使い、小麦を地下の保管庫に運び入れます。下からは、粉になった小麦を引き上げております」
「建物の中を、覗かせては貰えぬかのう?」
「申し訳ございません。そればかりは、どうかご勘弁のほど、よろしくお願い致します。なにしろ最上級の機密に該当しますから」
ミルクドが立ち止まって、頭を深く下げた。
パンゲア帝国には色々と沢山の機密があることくらい、オイルレーズンは百も承知している。
「ふむ。やむを得ぬことじゃわい」
「ご理解を頂けまして、この上なく幸いにございます」
ミルクドが頭を上げ、再び道を進む。




