《☆~ 魔女族の訪問(二) ~》
オイルレーズンは、なんの断りもなくメルフィル邸の中へ、ずかずかと入ってくるのだった。
そして開口一番、お悔やみの言葉を発する。
「グリル殿は、気の毒なことであったのう」
「えっ、父を、ご存知なのでしょうか?」
「ああ存じておるとも。あの公爵には少なからず借りがあるのじゃ。なんとかしてはやりたかったけれど、魔女族でもさすがに竜魔の呪いだけは、どうにもできんでな」
「竜魔痴のことですの?」
「そうじゃ。竜族と魔女族の子を殺すと、必ず受けることとなる報い」
「えっ!?」
キャロリーヌは、幼い頃に母から聞いた伝説を思い返す。
竜魔女と呼ばれる忌まわしい存在には、決して関わってはいけないのだという、とても怖い物語であった。
オイルレーズンの話が本当ならば、キャロリーヌの父は、竜魔に呪われたがために、おそろしい不治の病、竜魔痴を患ったという理屈になる。
心の優しいグリルが、たとい忌み嫌われる存在であっても、竜魔の子を殺めたりしたなどと、俄かには信じ切れない。
「キャロルや、一つ頼みがある」
「はあ、どのような?」
「これを使い、真雁の煮込みを調理して欲しいのじゃ」
「それは!?」
オイルレーズンから小瓶が手渡される。
側面に貼ってある紙片に、「白竜髄塩」の文字がある。
「今や幻の調味料と呼ばれておる、実に希少なものじゃ」
「竜髄塩とは違いますの?」
「ふむ。あたしが若い頃にゃ、この大陸に白竜がまだ生きておった。しかし、人族によって乱獲されたがため、あの一種は絶えてしもうた。白竜の髄液を精製して原料に使った合成調味料こそが、白竜髄塩なのじゃ」
先日キャロリーヌが使った竜髄塩は、グレート‐ローラシア大陸の北東部、ゴンドワナ地方に生息している黒竜の骨から得た髄液で作られている。
黒竜も今では希少な存在であり、それだけに竜髄塩というのは、極めて高価な調味料である。そう考えると、キャロリーヌの手中にある小瓶の中身は、その価値が計りしれないものだということ。
「あたしゃ腹が減っておるのでな。この前、お前が作って、ジェラートに食わせたという煮込み料理を頼みたい。さあ、早く調理に掛かるがよい。ふぁっはははぁ、あがぁ、顎が、また顎が痛くなってしもうたわ」
「あ、あのオイルレーズンさん。生憎なことですけれど、今ここには、雁肉が一片もありませんもので……」
「そうか。それならば少々、待っておるがよい」
そう言い、老婆は外へ出てゆく。仕方なくキャロリーヌも後を追う。
大空を仰ぐオイルレーズンの視線の先、ずっと高くに黒い点が見える。
「あれじゃな」
「小さくて見辛いですけれど、雁のようですわ」
「ふぁっはは、捕獲!」
突如、老魔女が胸の前に構える両手の中に、雁が一羽舞い込んできた。
「迅速殺!」
二度目の短い詠唱を発したオイルレーズンの手元を、キャロリーヌが覗く。
つい今まで大空を自由に飛んでいたはずの真雁は、もう息絶えている。
「えっ??」
「苦しませずに締めてやった。さあさキャロルや、調理場じゃ。ふぁっははは、あんがぁ、顎、顎がぁ」
老婆の振る舞いはあまりに突拍子もなく、そして不可思議である。
このため他にはどうする手立てもなく、キャロリーヌは、すべて成りゆきに身を任せることにする。
つまり今は、オイルレーズンに誘われ、一緒に調理場へと向かうことしか、できなかったのである。