《★~ 迷宮の最深層(四) ~》
垂直な壁に沿って上方へ進むにつれ、空間の幅が次第に狭くなってきた。やがて厚い氷が終わり、その先は、剥き出しの岩や砂利が層を形作り、なだらかに迫り出している。
パースリが話していた通り、崖の上も洞窟だった。平坦な場所にキャロリーヌが着地し、背負子からマトンが降り立つ。続いて、すぐシルキーも到着する。
足元に、お馬の縦幅一つ分くらいの溝が、地面を横切っている。通り抜けてきた暗い隙間をマトンが眺め、感じたことを率直に述べる。
「地のどん底に到達する、落とし穴といったところだね」
「ええ、仰せの通りですわ。崖の下が、よく見えませんもの」
二人は、周囲の様子を慎重に調べる。
どうやら、危険はないように思われる。前後の二方向に道があり、後方を松明で照らすと、少し先で行き止まりになっていることが分かった。
マトンが、もう一方の道を指差す。
「パンゲア牢獄街があるとすると、向こうだね」
「はい。早速シルキーさんに、探して貰いましょう」
「きゅい!」
シルキーは、洞道の先に向かって飛んだ。
「あたくしは、下へ戻りますわ」
「そうだね。気をつけるのだよ」
「はい」
キャロリーヌが、マトンに松明を手渡し、替わりに賢者の石を受け取る。そうして地面の溝へ飛び込む。浮力が働いているお陰で、魔法を使わずとも、緩やかに降下できる。
崖の下に戻ったキャロリーヌに、パースリが問い掛ける。
「上の状況はどうでしょうか?」
「危険がなさそうに思えましたので、シルキーさんに、パンゲア牢獄街を探して貰うことにしました」
「それはよかったです。今度は、用意した綱が崖の上まで届くかどうか、確かめることにします」
地面に、綱の束が置かれていて、一端をショコラビスケが握っている。
パースリが、綱のもう一つの端を背負子に結びつける。そしてキャロリーヌから賢者の石を受け取り、背負子に腰掛ける。
「では、ゆっくりと上昇して下さい」
「はい」
キャロリーヌが再び魔法を使って、崖の上へ向かう。
その途中、背負子に結びつけた綱によって、上昇が妨げられた。
「崖の上まで届きませんね。ここは、どの辺りでしょうか?」
「おおよそ中間の地点ですわ」
「そうですか。困りました……」
用意してきた綱の長さは、お馬の縦幅で五十頭分あるけれど、崖の高さが、その二倍に及ぶということ。
黙り込んでしまったパースリに、キャロリーヌが問い掛ける。
「次は、どのようにしますのかしら?」
「あ、取りあえず、下に戻って貰えるでしょうか」
「分かりましたわ」
キャロリーヌは直ちに降下した。
二人が帰り着くと、ショコラビスケが尋ねる。
「パースリさんよお、崖の上に届きましたかねえ?」
「いいえ。中間ほどの高さで、綱は尽きました」
「そうですかい……」
ショコラビスケは、思わず肩を落とす。
その一方で、キャロリーヌがパースリに問う。
「綱が短いと、どうしてお困りになりますの?」
「石の浮力と魔法だけでは、ショコラビスケさんを運べません。ですから彼の身体に綱を結びつけます。そして崖の上から、ジャンバラヤ氏とマトンさん、そしてボクの三人が一緒になって、引き上げる手助けをしようと考えていたのです。しかし綱が短いため、その方策は使えません」
ショコラビスケが横から口を挟む。
「もしかして、保存食を十分に用意してなかったのは、俺の体重を減らそうってえことだったのですかい?」
「はい。でもボクの考えた方策が、まったく役に立ちません……」
パースリの言葉には、普段であれば聡明さと力強さが含まれているけれど、今ばかりは、それらが消えていた。
ジャンバラヤ氏が近寄って、パースリの肩に手を置く。
「お前は一流の全世界学者じゃなかったのか!」
「え!?」
「オレに鎖鎌の腕前があるように、お前には鋭利な頭脳があるんだ!!」
「鋭利な頭脳?」
「そうだ! 考えた方策が使えないと分かったら、すぐにまた別の方策を打ち出せる頭脳こそ、学者の真骨頂だろうがっ!!」
「は、はいっ、まさしく、その通りだと思います!」
パースリが瞳の輝きを取り戻し、しばらく考えた末、力強く話す。
「斜面を築きましょう!」
「がほっ! そんなのを、どうやって築くでさあ!?」
「崖の上と下、二手に分かれます。上から地面を削って下へ落とし、こちらでは、壁の氷を割って集めます。それらを積み上げて、斜面にするのです」
「パースリ、よく考えた! 今すぐ取り掛かるぞ!」
「おうよ! やりましょうぜ!」
ジャンバラヤ氏とショコラビスケが、早速、壁の氷を割り始める。
一方、キャロリーヌは、パースリとともに崖の上へ向かう。




