《★~ 迷宮の最深層(二) ~》
植物の実りはおろか、虫の一匹すら、目の前に姿を見せない。魔獣や魔植物と遭遇することもなかった。
食材をまったく得られないまま、再び夜を迎えた。この辺りは、地面や壁が厚い氷になっている。獣の毛皮で作られた襟巻きで首を隠していても、身体の芯まで伝わってくる冷えを防ぎ切れない。
ショコラビスケが、少し震えた声で問い掛ける。
「パースリさんよお、獲物は一つもねえですし、晩飯も抜きですかい?」
「はい。残念ながら仰せの通りです」
「そんじゃここらで、熱い白湯でも飲みましょうぜ?」
「分かりました。少しばかり休憩を挟みましょう」
一行は立ち止まった。警戒を怠ってはいけないので、マトンとジャンバラヤ氏が見張り役を務める。
ショコラビスケは早速、背袋から鍋を取り出している。壁の氷を叩き割って、鍋に放り込む。
続いてパースリが賢者の石を入れて、声を掛ける。
「溶けろ、清まれ、煮えろ」
この三つの言葉が、不浄で冷たい氷に働き、飲める熱湯が得られた。
いつも通り、ショコラビスケが毒見役となる。煮えたお湯を杓子ですくい上げると、白い煙がゆらゆらと漂い、微かな風味があった。
「こりゃ湧き水とは違った香りでさあ」
熱湯が少しばかり冷めたところ、ショコラビスケが杓子を口へ運ぶ。
「おうおう、塩味が利いてやがるぜ。がっほほ!」
「そうでしょう。この一帯は、地底塩湖が凍ってできた洞窟なのです」
パースリが話しながら、力豆の一粒を粉々に砕き、鍋のお湯に溶かす。
「さあキャロリーヌ嬢、スープだと思ってお飲み下さい」
「はい、そうします」
キャロリーヌは、受け取った杓子で、お湯をすくい取る。なかなかに熱いから、気をつけて少しずつ飲む。
「まあ、本当に美味しいこと! 身体も温まって、元気になりましたわ!」
「お喜び頂けて、なによりです」
他の者も順番に味わう。シルキーには、平皿に載せて与えられる。
鍋がすっかり空になったところ、パースリが号令を発する。
「あまり悠長にしてはいられません。そろそろ出立しましょう」
安らかな休憩は束の間だった。まだまだ先が長いため、夜も昼も進なければならない。
ショコラビスケは、胸の内で「こんなことになるなら、もっと大量に保存食を用意してくればよかったぜ」と思うけれど、口に出すのを我慢した。
夜が明けても、朝餉はない。塩味のお湯を飲み、少しばかり休憩してから、また黙黙と歩き続ける。
六つ刻を迎える頃、ショコラビスケが背袋から瓶を取り出す。
「果油でも舐めてみますかねえ」
「ショコラ、やめた方がいいよ。余計に空腹が酷くなるから」
「それもそうでさあ。がほほ……」
マトンの助言に、ショコラビスケが渋々従う。
こうして誰もが口を閉ざし、空腹と寒さに耐えながら、最深層の道をひたすらに歩き続けた。
模造の焼き肉を食した昼餉から、丸二日がようやく過ぎる。
ショコラビスケが嬉しそうな声で話す。
「そろそろ六つ刻のはずですぜ。また岩の塊を、新鮮な肉にしますかい?」
「いいえ。残念ながら無理です」
「がっほ! そりゃあ一体どうしてでさあ??」
「この辺りは厚い氷に覆われていますから、岩を得られません」
「……」
ショコラビスケが言葉を失う。二日間を耐え抜けば、また模造肉にありつけると期待していたから、無理もないこと。
今度はキャロリーヌが、横から問い掛ける。
「ヴィニガ子爵さん、この凍てついた道は、いつまで続きますかしら?」
「あと二日と数刻ばかり、歩かなければなりません」
「まあ、そうですの……」
肩を落とすキャロリーヌだった。
ここでショコラビスケが、不満に思っていたことを口に出す。
「パースリさんよお、どうして保存食を十分に用意しなかったでさあ?」
「それには大切な理由があるのです」
「どういうことですかい?」
「今は話せません。いずれ必ずや、ご説明致します」
「がほ……」
ショコラビスケは、またしても言葉を失ってしまう。




