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傾国の白馬ファルキリー  作者: 水色十色
《☆PART5 過酷な地下迷宮探索》後戻りのできない艱難辛苦
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《★~ 迷宮の最深層(二) ~》

 植物の実りはおろか、虫の一匹すら、目の前に姿を見せない。魔獣や魔植物と遭遇することもなかった。

 食材をまったく得られないまま、再び夜を迎えた。この辺りは、地面や壁が厚い氷になっている。獣の毛皮で作られた襟巻き(スカーフ)で首を隠していても、身体の芯まで伝わってくる()()を防ぎ切れない。

 ショコラビスケが、少し震えた声で問い掛ける。


「パースリさんよお、獲物は一つもねえですし、晩飯も抜きですかい?」

「はい。残念ながら仰せの通りです」

「そんじゃここらで、熱い白湯でも飲みましょうぜ?」

「分かりました。少しばかり休憩を挟みましょう」


 一行は立ち止まった。警戒を怠ってはいけないので、マトンとジャンバラヤ氏が見張り役を務める。

 ショコラビスケは早速、背袋から鍋を取り出している。壁の氷を叩き割って、それに放り込む。

 続いてパースリが賢者の石を入れて、声を掛ける。


溶けろ(メルト)清まれ(ピュアリファイ)煮えろ(ボイル)


 この三つの言葉が、不浄で冷たい氷に働き、飲める熱湯が得られた。

 いつも通り、ショコラビスケが毒見役となる。煮えたお湯を杓子ですくい上げると、白い煙がゆらゆらと漂い、微かな風味があった。


「こりゃ湧き水とは違った香りでさあ」


 熱湯が少しばかり冷めたところ、ショコラビスケが杓子を口へ運ぶ。


「おうおう、塩味が利いてやがるぜ。がっほほ!」

「そうでしょう。この一帯は、地底塩湖が凍ってできた洞窟なのです」


 パースリが話しながら、力豆りょくずの一粒を粉々に砕き、鍋のお湯に溶かす。


「さあキャロリーヌ嬢、スープだと思ってお飲み下さい」

「はい、そうします」


 キャロリーヌは、受け取った杓子で、お湯をすくい取る。なかなかに熱いから、気をつけて少しずつ飲む。


「まあ、本当に美味しいこと! 身体も温まって、元気になりましたわ!」

「お喜び頂けて、なによりです」


 他の者も順番に味わう。シルキーには、平皿に載せて与えられる。

 鍋がすっかり空になったところ、パースリが号令を発する。


「あまり悠長にしてはいられません。そろそろ出立しましょう」


 安らかな休憩は束の間(モウメンタリ)だった。まだまだ先が長いため、夜も昼も進なければならない。

 ショコラビスケは、胸の内で「こんなことになるなら、もっと大量に保存食を用意してくればよかったぜ」と思うけれど、口に出すのを我慢した。

 夜が明けても、朝餉はない。塩味のお湯を飲み、少しばかり休憩してから、また黙黙と歩き続ける。

 六つ刻を迎える頃、ショコラビスケが背袋から瓶を取り出す。


果油ソースでも舐めてみますかねえ」

「ショコラ、やめた方がいいよ。余計に空腹が酷くなるから」

「それもそうでさあ。がほほ……」


 マトンの助言に、ショコラビスケが渋々従う。

 こうして誰もが口を閉ざし、空腹と寒さに耐えながら、最深層の道をひたすらに歩き続けた。


 模造の焼き肉(バービキュー)を食した昼餉から、丸二日がようやく過ぎる。

 ショコラビスケが嬉しそうな声で話す。


「そろそろ六つ刻のはずですぜ。また岩の塊を、新鮮な肉にしますかい?」

「いいえ。残念ながら無理です」

「がっほ! そりゃあ一体どうしてでさあ??」

「この辺りは厚い氷に覆われていますから、岩を得られません」

「……」


 ショコラビスケが言葉を失う。二日間を耐え抜けば、また模造肉にありつけると期待していたから、無理もないこと。

 今度はキャロリーヌが、横から問い掛ける。


「ヴィニガ子爵さん、この凍てついた道は、いつまで続きますかしら?」

「あと二日と数刻ばかり、歩かなければなりません」

「まあ、そうですの……」


 肩を落とすキャロリーヌだった。

 ここでショコラビスケが、不満に思っていたことを口に出す。


「パースリさんよお、どうして保存食を十分に用意しなかったでさあ?」

「それには大切な理由があるのです」

「どういうことですかい?」

「今は話せません。いずれ必ずや、ご説明致します」

「がほ……」


 ショコラビスケは、またしても言葉を失ってしまう。

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