《★~ 迷宮の最深層(一) ~》
今夜もまた順番に、ショコラビスケの担ぐ背負子に乗って眠る。今はジャンバラヤ氏が寝ているところ。
巨体のショコラビスケを担げる者がいないため、この竜族だけは、休まずに歩かなければならない。それでも、不眠豆と力豆を服用しているお陰で、疲れるどころか、いつも以上に体調を良好に保っていられる。
「パースリさんよお」
「はい。どうかされましたか?」
「飯のことで、妙案を思いつきましたでさあ」
「え、妙案ですか!?」
「おうよ。次に魔植物が出てきやがったら、そいつらを根こそぎ刈り取って、食材として使うのでさあ」
「いけません。それは自滅へ向かう行為です。自然改変によって生じた魔植物や魔獣は、呪われた存在なので、ボクたち人族および亜人類はもちろんのこと、ありとあらゆる自然に生きる者は、魔物を食してはならないのです」
パースリは、険しい表情でキッパリと言い放った。
しかしながら、ショコラビスケが引き下がろうとしない。
「そのことは俺も知っていますぜ。だから、その厄介な魔の呪いを、賢者の石で消す方策を、思いついたでさあ。がほほ!」
「えっ、呪いを消す??」
「そうでさあ。こいつは、なかなかの妙案じゃあねえですかい?」
「うぅ、どうでしょう……」
パースリは考え込んでしまった。
横からマトンがショコラビスケに話す。
「一体どんなことかと思えば、確かに妙な思いつきだね」
「おうおう、マトンさんは、分かってくれたのですかい?」
「分からなくもないけれど、そう簡単にはいかないと思うよ。なにしろ、ヴィニガ子爵が仰せになっていた通り、賢者の石は決して万能ではないのだから」
突如、ショコラビスケの背中で、声が発せられる。
「なんの話だ!」
「おうジャンバラヤさん、お目醒めでしたか」
「ああそうだ」
ジャンバラヤ氏は、背負子から颯爽と飛び降りる。
「また世話になったな。お陰で心地よく眠れたぞ」
「いやあ、お礼には及びませんぜ。がほほほ!」
「それはそうと、オレさまが寝てる間に、なんの相談をしていた?」
「聞いて下せえ! 飯不足を解決する妙案を考えたでさあ」
「なかなかに面白そうだから聞いてやる。さあ話せ!」
「へいへい」
ショコラビスケが、さも得意気な顔で応じた。
対するジャンバラヤ氏は、最後まで聞いた上で所感を述べる。
「六系統の魔石で、魔の呪いを消すのか。なるほど、妙案に違いない」
「がほほ! 話の通じるお方でさあ、ジャンバラヤさんはよお」
「そうだとも。このオレほど理解力のある男は滅多にいない」
ここでマトンが口を挟む。
「魔の呪いを受けると、身体が次第に溶けて、一日で命を落とすそうだよ」
「だから、その呪いを消しちまうのでさあ」
「呪いが消えたかどうか、確かめることが簡単ではないと思う」
「その通りだ! おいショコラビスケ、どうやって確かめる?」
「がほっ、俺さまに聞かれてもなあ……」
困惑するショコラビスケに代わって、パースリが話す。
「呪いというのは、魔力がもたらします。ですから、魔力が残っているなら、呪いも残っていると考えるべきでしょう。その逆に、魔力がなくなれば、呪いも消えたと判断できるかもしれません。この推察について、キャロリーヌ嬢のお考えを聞かせて貰えますか?」
「えっ、あたくしの考え??」
唐突に尋ねられ、返答に窮するキャロリーヌだった。
パースリが、さらに問い掛ける。
「魔力の扱いは、魔女族にしかできないことです。なにか、オイル伯母さんから教わっておられませんか?」
「ええっと、オイルレーズン女史があたくしにお教え下さったのは、魔女の存在についての知識や、魔法の唱え方ですわ」
「分かりました。そうしますとボクたちは、魔の呪いが消えたかどうか、確かめる術を持っていないということになります。魔植物や魔獣を食材にできるかを、正しく判断できないのです」
「それなら仕方ねえでさあ。せっかく素晴らしい妙案を得られたと思ったが、残念だぜ、まったくよお」
落胆で、ショコラビスケが肩を落とした。
会話も途絶え、最深層の凍てつく道を進み続ける。




