《★~ 重い雰囲気 ~》
兎も角、模造の焼き肉を堪能して、一行は満腹するに至った。あと少しばかり足を休めていようと、休憩を続けていた。
ジャンバラヤ氏は、先ほどからずっと静かにしている。そんな彼が、突如、話を持ち掛けてくる。
「キャロリーヌ嬢、昨日オレが言ったことは、すっかり忘れてくれ」
「ジャンバラヤさまが仰ったことをですか?」
「そうだ」
「えっと、昨日あたくしが、お名前を間違えてお呼びしてしまいましたところ、あなたさまは、《間違うなよ》と仰せでした。このお言葉を、忘れなければなりませんの?」
「いや、それでなく、他にも伝えたことがあるだろ!」
「他になにを、お伝え下さいましたかしら?」
「なんだ覚えていないか。まあ忘れたのなら、それでよいが」
「え??」
問答を続ける二人の横から、マトンが割り込んでくる。
「昨日のことなら、鎖鎌のジャンバラヤ殿は、キャロルに結婚を申し込んだね」
「あ、そうでした!」
ようやく思い出すキャロリーヌ。
マトンが言葉を続ける。
「今日になって彼は、それを取り消すことにしたらしい」
「なあ剣士のストロガノフ殿」
「おや、僕の家名を覚えてくれていたのかい」
「当然だ。人の名前は、教えて貰ったら一度で覚えるのが礼儀だからな」
「うん、その通りだね」
これでマトンとジャンバラヤ氏の会話が終わった。
重い雰囲気の中、パースリが休憩終了の号令を発して、引き続き洞窟内を進むことにした。
中深層の奥深くには、ところどころ小さな地底沼がある。水は毒が強く、魚などは、一匹も棲んでいないという。
沼の畔を通っていると、突如、地面から綱のようなものが伸びて、キャロリーヌの足首に巻きついた。
「きゃあーっ!!」
それは、おそろしい人食い魔植物の地下茎なのだった。
横からジャンバラヤ氏が俊敏に動く。
「やあっ!」
危ない茎が、鎌で切断された。
けれども、まだキャロリーヌの足を強く締めつけていた。ショコラビスケが急ぎ駆けつけ、茎を両手の力で引き千切る。
「大丈夫ですかい?」
「はい。ありがとうございました」
地下茎はこれだけに留まらず、地面から次々と伸びてきた。それらのすべてを、マトンが剣で切り裂く。
しばらくして一段落となったけれど、魔植物が再び襲い掛かってくるかもしれないので、この危険な地帯を通り過ぎるまで、気を抜けなかった。
やがて沼地が終わり、休憩を挟むことにした。マトンは眠りに就く。
一行が、いよいよ迷宮の最深層へ入った。既に十の刻を過ぎている。
それから少しばかりが経ち、マトンが目醒めた。この場で、乾麺麭と乾燥肉を少量ずつ食す。保存食は、まだいくらかあるけれど、パースリは、備えとして残しておくのがよいと考える。
「皆さんには、一日に三度の食事ができるのは、これが最後という心づもりをして頂かなければなりません」
「がほっ! そりゃあ一体、どういう意味でさあ?」
「つまり、この先は自然の獲物が手に入らなければ、食事もできず、水だけで凌がなければならないのです」
「飯にありつけねえのは、さすがに辛いですぜ! 賢者の石を使えば、料理はいくらでも得られるでさあ?」
「微石症になってしまうと、空腹よりも辛いですよ」
「そりゃあ、そうかもしれませんが……」
肩を落とすショコラビスケである。
そんな彼および他の者たちに、パースリが神妙な表情を見せる。
「最深層まできています。もう後戻りできないでしょう? 皆さんは、相当な覚悟をなさって、この探索に挑まれていると思います。二日間の空腹くらい耐えられないようでは、パンゲア地下牢獄へ辿り着くことなぞ、とうていできません。ショコラビスケさん、キャロリーヌ嬢、果たすべき目的があるのでしょう? なんのために大切な命を懸けて、こんなに危険の多い洞窟を進んでいるのか、今一度、しっかり思い出して下さい」
パースリからの叱責と呼ぶに値するような言葉を、キャロリーヌたちは、黙って聞いた。誰一人として、異議を申し立てる者はいない。
再び重い雰囲気となったところ、休憩を終えて、皆が腰を上げた。