《☆~ 地下迷宮にある脅威 ~》
洞窟内だから、暗いせいで夜の明けたことも分かりにくい。地上では、いつものように大空は晴れ渡り、日の光が暖かく満ちているはず。
ジャンバラヤ氏が、一つ刻ほどの短い眠りから醒めた。安眠豆の効果があり、それでも十分だという。
四番目のマトンは、自ら辞退を申し出る。
「朝を迎えているから、このまま起きているよ。探索に出て三日くらい寝ずに過ごすことなんて、この僕にとっては珍しくもないのでね」
「あらまあ、そうですの!?」
驚くキャロリーヌの横から、パースリが話し掛けてくる。
「マトンさん、不眠豆を服用されますか?」
「いいや、平気だよ」
「それでは、今夜は一番に寝て下さい」
「是非、そうさせて貰うとしよう」
素早く朝餉を済ませ、再び歩く。休憩する時間も惜しんで先を急ぐ。
中深層は、進むにつれて複雑に入り組む箇所が多くなるため、脇道の奥へ迷い込んだら、彷徨い続けてしまう。そうなった場合、疲れ果てたところを吸血鼠に襲われるか、水と食料が尽きるかして、たいていの者が命を落とす。
一行は、パースリが準備してきた図で調べ、正しい道を選べている。
このアラビアーナ魔窟の奥深くへ足を踏み入れる探索者にとって脅威であるのは、なにも地下迷宮や吸血鼠に限った訳でない。魔獣および魔植物こそ本当におそろしい存在なのだと、パースリが教えてくれた。
キャロリーヌは、これまで魔獣に遭遇した経験など一度もなく、魔植物については初耳である。当然のこと、質問せざるを得ない。
「それは一体、どのような植物ですの?」
「二つの種類があります。一つは吸気魔植物と呼ばれていて、動物の生気を吸うことで大きく育つ植物です」
「怖いこと!」
「小妖魔が弱った人族の魂を吸い取るという、おかしな噂は、吸気魔植物の話が元になったのではないかと、ボクは考えています」
「そうですのね。もう一つは、どのような?」
「人食い魔植物です」
「ええっ、人食い!?」
この時、ショコラビスケの肩に乗っているシルキーが、「きっ!」と鋭い声を発する。それで最初にマトンが立ち止まり、警戒しながら前方に視線を向ける。
他の者たちも、歩みを止めて身構える。各自の見据える先には、妖しい緑色の光が二つあった。
「おうおう、ありゃ虎の目玉じゃねえか!」
ショコラビスケの言う通り、光は他でもなく、剣歯虎の瞳が放つ強い輝きなのだった。
ジャンバラヤ氏は、とっくに気づいており、鎖鎌を握る手に力を込めていた。
マトンも俊敏に剣を構え、パースリの前へ駆け出す。
「キャロル、ヴィニガ子爵、少し後ろへ!」
「分かりましたわ」
「そうします」
「ショコラ、二人の安全を頼む」
「おうおう、了解ですぜ!」
自信に満ちた表情のショコラビスケである。
その一方で、ジャンバラヤ氏がキャロリーヌに問い掛ける。
「死鏡に守られているのだろ?」
「いいえ。まだ試作品ですので、大きな獣に効果はありませんの」
「だったら、このオレさまが、命懸けで守ってやる!」
威勢のよいジャンバラヤ氏に、キャロリーヌが素直な言葉を返す。
「ありがとうございます。でも、お気をつけになって」
「百も承知だ!」
ジャンバラヤ氏も、自信の大きさでは、ショコラビスケに引けを取らない。
しかしながら、緑色の輝きが接近していた。
「ガアァーッ!」
剣歯虎が咆哮し、お馬の縦幅二つ分を、一跳びで詰め寄る。
ジャンバラヤ氏は、よろめいてしまい、右の膝頭を地面につける。辛うじて転倒を免れるけれど、すぐ目の前に、長い牙を持つ魔獣の姿があった。
「ガルルゥ~~」
「えいっ!」
悪い体勢のまま、鎖に結ばれている銅の塊を、渾身の力で投げるけれど、剣歯虎は軽々と身をかわし、再び跳び掛かってきた。
ジャンバラヤ氏の胸は、言葉の一切を使っても表わせない、とても異様な感情で埋められる。これが彼にとって、生まれて初めて覚える「恐怖心」となる。




