《☆~ 迷宮の中深層(二) ~》
一行は、順番に尋問を受けることとなる。
その最初、キャロリーヌが座席に腰を下ろしたところ、尋問官を務める小妖魔のペスカトーレが、早速、決められた通りに問う。
「名前、年齢、出身地、職業、好む料理名、答ええ」
「あたくしの名は、キャロリーヌ‐メルフィルですわ。歳は十六。ローラシア皇国中央の出身で、皇国宮廷三等官の任に就いております。好きなお料理は、沢山ございます」
「一つだけ、答ええ」
「たった一つですの?」
「規則、従え」
ペスカトーレがキッパリと言い放つ。
彼の視線が少なからず険しこともあり、キャロリーヌは困惑する。
「どう致しましょう。先ほど初めて食しました小麦の粉汁焼きは、たいそう気に入りましたし、一昨日の蛸焼きも、好みの一品ですわ。あと、真雁の煮込み、鴨しゃぶ鍋、蜜滴団子も、美味ですもの……」
「まだるっこえ! ずっと好む料理名、答ええ!」
「あ、済みません。それでしたら、銀竜鯰のソテーですわ」
「尋問、終わり、交代せえ」
「はい」
ショコラビスケの番となる。
「名前、年齢、出身地、職業、好む料理名、答ええ」
「俺さまの名前は、ショコラビスケ、三歳だ! 出身はドリンク民国南部地方の街、パンプキン。職業は新進気鋭の探索者。料理なら、なんでも食うけれど、特に肉が大好きだぜ。がっほほほ!」
「料理名、答ええ」
「だから、肉料理でさあ」
「料理名!」
「それなら、炒め蜂だ!」
威勢よく答え、鋭い視線を向ける、巨体のショコラビスケ。
それでもペスカトーレが動じることはなく、職務遂行に努める。
「尋問、終わり、交代せえ」
「分かったぜ! がっほほほ」
笑って席を立つ彼に、マトンが話し掛ける。
「肉料理というのは料理の分類だから、料理名ではないだろ」
「そりゃそうですぜ、がほほ!」
次のパースリは、慣れていることもあって、すぐに済んだ。
それから、ジャンバラヤ氏、マトンの尋問が順に行われ、中深層下り坂へ入場する許諾を得ることができた。
「シルキーさんは、よろしいのでしょうか?」
「話せる者だけに決まっているのだよ。鷲と話せるのは、せいぜい魔女族くらいだからね」
「それも、そうですわね。うふふ」
会話のできない相手なので、尋問できないのも当然のことと、得心に至るキャロリーヌだった。
ここには、協会に属する小妖魔の店があり、旅に役立つ道具や保存食など、色々と売っている。双眼鏡および頑丈な背負子を一つずつと人数分の杖を、パースリが購入する。ジャンバラヤ氏も、備えのために、襟巻きと火打ちを買った。
背負子にシルキーを乗せ、ショコラビスケが担ぐ。
一行は、ペスカトーレに見送られ、入場門を越えた。すぐ傍に、急な傾斜の坂道が始まっている。先頭のパースリと最後尾のジャンバラヤ氏が、松明に火を点け、辺りを照らす。
「皆さん、杖を使い、慎重に下ってゆきましょう。足元が崩れないように、気を配りながら、一歩ずつゆっくり進むことが大切ですよ」
「パースリさんよお、分かっていますぜ。がほほほ」
綽綽の余裕顔で答えたショコラビスケだけれど、その油断がよくない。
「がぁ、ほっ!!」
「きゅー!」
巨体が大きく揺れ、坂の下方へ向けて滑り出す。驚いたシルキーは、咄嗟に空中へ羽ばたく。
彼らの身の上に起きた、突発の事態を目の当たりにしたことで、キャロリーヌも動揺せざるを得ない。
「ショコラビスケさん! シルキーさん!」
この次の瞬間、キャロリーヌの身体がよろめき、大きく姿勢が崩れる。
「ああっ!」
「キャロル!」
マトンが叫び、敏速に、開いていた方の手を伸ばす。
間一髪のところ、キャロリーヌの腕が掴まれ、どうにか第二の滑落者を出さずに済むのだった。一呼吸でも遅れていれば、キャロリーヌは、ショコラビスケたちを見舞ったのと同じ事態に陥ったはず。
「ふぅ~、危なかった」
「お助け下さり、ありがとうございます」
「無事で、なによりのことだよ」
「九死に一生を得ましたわ。でも、ショコラビスケさんとシルキーさんが、滑り落ちてしまわれ……」
険しく切り立った崖のような坂道の先が、あまりに暗いため、キャロリーヌの目では、彼らの姿を捉えることなど叶わない。




