《☆~ 迷宮の中深層(一) ~》
キャロリーヌたちが夕餉を終え、小麦の粉汁焼き屋を後にした。迷宮の中深層へ向かうために、颯爽と地下の道を進む。
「とっても美味しかったですわ」
「そうだね。次にきた時、僕は魚介類の混合を食したいものだよ」
「マトンさんよお、俺さまも同じ気分ですぜ。がっほほ!」
「それにしましても、ケトルさんは、日々、ご自身でお好みの具材をお選びになって、小麦粉汁焼きを堪能なさいますのね。羨ましいですこと」
ここにジャンバラヤ氏が口を挟んでくる。
「キャロリーヌ嬢、それは間違いだ」
「えっ、違いますの??」
「小妖魔というのは、肉類を決して口にしない。ケトル爺さんが小麦粉汁焼きの具材を選ぶ場合、竜編笠茸だけだ」
「まあ、そうですのね!」
「しかも高価な食材だから、爺さんは、売れ残りだけを食している」
ドラゴン‐マシュルームとも呼ばれている竜編笠茸は、トリガラ魔窟の奥にしか生えておらず、たいそう希少で、等級の高い品目。それだけにケトルは、一つすらも無駄にしない心掛けで、慎重に取り扱っているのだった。
薬剤類の店でも、彼が、日数の経った覇王樹の果実を自分で食すと話していたことを思い出し、キャロリーヌは得心に至った。
しかしながら、一つの疑問が、ふと頭に浮かぶ。
「お肉が売れ残ると、どうなさいますの?」
「新鮮なうちに、使い虎のシラタキに食わせるか、燻製にして売るかだ」
「使い虎??」
「そうだ。あの爺さんは、古今東西、亜人類の中でたった一人、剣歯虎を飼い慣らすことに成功したのだと言われている」
「まあ、そうですの!!」
剣歯虎には、上顎から太く長い牙が伸びている。その鋭く尖った牙の先を、狙った動物の首筋に突き刺して、瞬く間に息の根を止めるという。竜族すら打ち負かすほど極めて強く、おそろしい魔獣である。
ここへ、横からパースリが話に割り込んでくる。
「剣歯虎は、大昔に絶滅しました」
「え、本当ですの!?」
「はい」
「なぜに、今もまだおりますのかしら?」
「百年ばかりの前に生きた魔女族が、白色虎の数頭に魔法を施し、魔獣化することで蘇らせたのです。その狂暴さは、大昔にいた剣歯虎に勝るとも劣らないと考えられます」
「まあ怖い! でも、どのような目的で、そのようなことを」
「使い虎にするためです。しかし、企みは失敗に終わり、その魔女族が、最初の餌食となりました」
「お気の毒ですこと」
その後、剣歯虎は数を増やし、現在も、この地方に生存している。
豆屋の前で、パースリが立ち止まった。
「ここでも買いたい品があります」
「分かりましたわ」
キャロリーヌたちも足を止める。
パースリは、不眠豆と力豆を十粒ずつと、五十粒の安眠豆を購入した。支払いには二百八十枚もの金貨を要するので、取って置きにしていた金剛石棒を使うこととなる。
「豆も高くなったものですよ。一年前の五倍ですから」
「あたくしの知らない種類ですけれど、お料理に使いますの?」
「いいえ、これらは補助食です。不眠豆は一粒で一晩を眠らずに済み、力豆は一粒で六つ刻ばかり力が倍となり、安眠豆は静かな眠りを促進します」
「特別な品目なのね」
「その通りです」
一行がさらに歩き、「中深層下り坂」と呼ばれる難所へと通じる入場門に到着した。ここで個別に尋問を受け、先へ進むための許諾を得なければならない。
昔から、地下迷宮に探索を目的として訪れ、深層へ進んで戻ってこない者が後を絶たず、それが小妖魔の仕業だという噂が、世間で囁かれたりしてきた。人族の中には、「小妖魔は、精神的に弱っている人族の魂を吸い取る」と信じて疑わない者も多くいるのだった。
アラビアーナの地下で商売を営む彼らにしてみれば、いわゆる「風評被害」によって、大きく打撃を被っている。このため、今から十年くらい前のこと、迷宮の上層を管理している小妖魔の協会が、検問に該当するような制度を作るに至った。