《★~ 生き別れになった姉 ~》
ジャンバラヤ氏の左手に、長い鎖の端が少しばかり垂れ下がっている。銅の塊が結びつけてあり、それをクルクルと回して、風切りの不気味な音を鳴らす。
対するマトンは俊敏だった。愛剣、イナズマストロガーノを抜いて構える所作に無駄はなく、砂粒の大きさすらも隙を与えない。
いわゆる「臨戦態勢」となった二人の間、キャロリーヌが意を決する。
「マトンさん、ジャンドリアさま、どうか」
「ジャンバラヤだ!」
「あっ、あたくし、申し訳ございません!!」
「間違うなよ」
「はい、二度と」
キャロリーヌは、深々と頭を下げる。
「あの、それで、どうか争いを、おやめ下さいまし」
「どうする、剣士殿」
「キャロルの言葉に従うよ」
マトンは、剣を鞘に戻した上で、静かに着席する。
丁度ここへ、ケトルが小麦粉汁焼きの材料などを運んでくる。
「えらっさぁ。鎖鎌のお旦那さん、今夜はなんでござい?」
「いつものを頼む」
「へえへえ!」
こうして、夕餉の席にジャンバラヤ氏が加わることとなった。
狭くなるので、彼は、ショコラビスケと一緒に隣りの円卓へ移る。
「なあジャンバレルさんよお」
「ジャンバラヤだぁ!!」
「おうおう、済まねえぜ」
「どいつもこいつも間違えやがって!」
「それより、なにを注文したのですかい?」
「魚介類の混合だ」
「そりゃあ一体なんですかい?」
「知らないのか。烏賊、鞍紋貝、大海老、山椒魚の四具材で焼くのだ。この店で、一番に美味い」
「確かに美味そうですぜ!」
隣りの円卓では、シルキーが椅子の上に乗り、運ばれてきた鴨の生肉を、キャロリーヌに食べさせて貰っている。その一方で、ケトルが熱鉄板に菜種油を薄く塗り、小麦粉汁焼きの調理を始めていた。
ジャンバラヤ氏が、ショコラビスケに尋ねる。
「あの剣士殿は、キャロリーヌ嬢に惚れているのか」
「へっ、そりゃあ本当ですかい??」
「オレさまが聞いているのだ!」
「竜族の俺には、人族が胸の内に秘める気持ちなんて、分かりっこねえぜ。ジャンバラヤさんは、どうしてそう思うのですかい?」
「さっきの剣幕を見りゃ、たいてい想像がつくだろ」
「おう、言われてみると確かにな! 普段は口にしない、虫けらってえような、品のよくない言葉をお使いでしたぜ」
隣りの円卓から、マトンが話に割り込んでくる。
「余計な勘繰りは、そこまでにしてくれないかい?」
「なんだ、聞こえていたのか」
「こんなに近いからね。聞こえない方がおかしい」
「それもそうだ」
「ヴィニガ子爵に、なにか用でもあったみたいだけれど」
「はぁ??」
釈然としないジャンバラヤ氏である。
「そのことですけれど、ボクは結婚して、ヴィニガ家を継いだのです」
「だから子爵か。おめでとうとだけ述べておこう」
「ありがとうございます」
「それでパースリ、さっきの話の続きだ。お前、パンゲア牢獄街に通じる道を探しにきたのだろ?」
「……」
パースリは、考え込む様子を見せた。今回の作戦行動は隠密が重要なので、たとい相手が知り合いでも、詳しいことを教えてはいけない。
そんな彼に代わり、マトンが応じる。
「あんたこそ、どうしてパンゲア牢獄街に、ご執心なのだい?」
「……」
今度はジャンバラヤ氏が、下を向いて黙り込む。
それでパースリが答えようとする。
「彼には、お姉さんがいましてね」
「待て待て!」
ジャンバラヤ氏が咄嗟に顔を上げ、両手を横に大きく振る。
「オレさまの姉のことは、オレさまに話させろ!」
「あ、どうぞ」
「オレさまには、生き別れになった姉がいる。名はラディシュグラッセだ」
「魔女族でいらっしゃいますのね?」
「そうだ。そればかりか、パンゲア帝国の先代王、バゲット三世の第四王妃という立場でもあった」
「あら、そうですの!?」
「そうだ。そればかりか、今は行方不明になっている」
「まあ、お可哀想に!!」
「そうだ。そればかりか、今はパンゲア牢獄街に押し込められている」
「居場所が判明しましたのね?」
「それは違う。表向きとしては、まだ行方不明のままだ。姉はパンゲア牢獄街にいるはずだが、それを確認する術はないのでな」
ここまでを聞いて、マトンは得心に至る。
「要するにジャンバラヤ殿は、お姉上を見つけ、連れ帰りたいのだね?」
「そうだ。だからパースリがパンゲア牢獄街に通じる道を探しにきたのなら、このオレさまを同行させて欲しい」
「どうしたものかな?」
マトンがパースリに問い掛ける。
「判断は、マトンさんにお任せしましょう」
「こんな場合に、オイル婆さんなら、《旅は道連れ、一緒にゆくとするかのう》とでも、仰るだろうね」
「では、オレさまの同行を認めてくれるのか?」
「そのつもりだよ」
こうして、集団にジャンバラヤ氏が加わることとなる。
 




