《★~ 迷宮の上層(四) ~》
小麦の粉汁焼き屋に到着すると、こちらにもケトルがいた。
「へへぇ、どうもでごぜえます」
「がほ??」
「あら!?」
二つの店は裏で繋がっていて、一人で両方を営んでいるということ。
「そうだろうと思ったよ」
マトンは最初から勘づいていた。
一行が、三つある円卓の一つを囲んで、椅子に腰を下ろす。シルキーも、ショコラビスケの広い肩の上で、大きな翼を畳む。
卓上には、鉄製の平皿が置いてある。キャロリーヌが、それを見つめながら、右隣りに座ったパースリに尋ねる。
「この大きなお皿に、お料理を載せますのかしら?」
「そうだと思います」
ケトルが説明の言葉を添える。
「熱鉄板と呼んでごぜえます。下で火を点して、小麦粉汁を焼くですんに」
「調理の道具になっていますのね!」
目を輝かせるキャロリーヌに、ケトルが注文を伺う。
「お嬢さん、牙猪、鴨、馴鹿、胴童、虹色蜥蜴、竜編笠茸、烏賊、鞍紋貝、大海老、山椒魚がごぜえます。お好みの具材を、お決め下せえませ」
「まあ、沢山ありますのね。あたくし、迷ってしまいそうですわ……」
「鴨と胴童と大海老が、今日は新鮮のが入ってごぜえます」
「あたくしは、大海老に致しましょう。それと新鮮な鴨の生肉を、五切ればかり、シルキーさんに頂けますでしょうか?」
「へえへえ!」
横からショコラビスケが注文する。
「俺は、全部の具材でさあ!」
「おいおいショコラ、そんなに欲張るのかい?」
「マトンさんよお、主人は、好みの具材を決めるように仰いましたぜ。だから全部を好む俺さまは、そう答えざるを得ないでさあ」
「さすが竜族のお旦那さん! 小麦の粉汁焼きは、お好み焼きとも呼ばれてごぜえます! お好みの具材を全部加えてこその、小麦粉汁焼きですんに!」
「おうおう、主人こそ、さすが分かっていますぜ! がっほっほ!」
マトンは、少なからず呆れながら「烏賊」を注文する。最後まで考え抜いたパースリは、「虹色蜥蜴」と「竜編笠茸」を混ぜて貰うこと決めた。
ケトルが、熱鉄板の下に備わっている燃料に火を熾し、それから材料を取り揃えるために、店の奥へ向かう。
待っているところ、突如、鎖鎌を手に持つ人族の男が現れ、大声を放つ。
「きていたのか、パースリ!」
「へっ??」
「お前、パンゲア牢獄街に通じる道を探しにきたのだろ?」
「どうしてそのことを!?」
「先に質問したのは、オレさまだ。さあ答えろ!」
ここにキャロリーヌが口を挟む。
「ヴィニガ子爵さんの、お知り合いですの?」
「一度会って話したことがあります。お名前は確か」
「待て待て!」
男が咄嗟に動き、両手を横に大きく振る。
「オレさまの名は、オレさまに名乗らせろ!」
「あ、どうぞ」
彼の名前を覚えていなかったので、パースリは安堵するに至った。
「オレさまは、アンドゥイユ‐ジャンバラヤだ。そして美しいお嬢さん、キミが、キャロリーヌ‐メルフィルだよな」
「仰せの通りですわ。でも、なぜに、あたくしの名を、ご存知ですの?」
「母から聞いた。先ほど、やり合ったそうだな」
「あなたさまのお母さまは、キャビヂグラッセ女史なのかしら?」
「そうだ。母は感心していた。それで、キミを嫁として迎えることに決めた。キャロリーヌ嬢、オレさまと結婚してくれるだろ?」
「あらまあ、そんなっ!?」
唐突に求婚されたキャロリーヌは、大きく戸惑っている。
マトンが立ち上がり、間に割り込む。
「ちょっと待ってくれるかい」
「なんだ、お前?」
「僕の名はマトン‐ストロガノフ」
「そんなことは聞いちゃいないよ。お前がキャロリーヌ嬢と、どういう関係なのかを尋ねているのだ」
「知りたいのなら、率直に答えるとしよう。僕は、キャロルに近寄る男から、キャロルを守るという重役を仰せつかった剣士だよ。分かったら、さっさと失せて貰いたいな、アンバラヤ殿」
「ジャンバラヤだ!」
「ああ、間違ってしまい済まない。兎も角、ここから消えて欲しい」
「断る!」
「もう一度だけ言うよ。僕は、悪い虫けらから、キャロルを守る役目を担っている。だから今すぐに、消え失せて貰いたい」
「虫けらだと?」
ジャンバラヤ氏は、右手で柄を握っている鎌を掲げてみせた。
しかしながら、マトンが怯むことはなく、さらに言葉を重ねる。
「虫けらよりも劣っているかな」
「そこまでの暴言を吐く度胸があるなら、オレさまと戦うか?」
「喜んでお受けしよう」
一触即発の状態に陥ってしまった。




