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傾国の白馬ファルキリー  作者: 水色十色
《☆PART5 過酷な地下迷宮探索》後戻りのできない艱難辛苦
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《★~ 迷宮の上層(三) ~》

 香りが、色々と複雑に漂っている。薬剤類を取り扱っているらしい。

 パースリが、店の奥へ向かって呼び掛ける。


「お今晩は。主人はおられますか!」


 返答がなかったので、再び叫ぶ。


「ケトルさんは、おられますかーっ!」

「へえぇ~い!」


 奥の方から、しゃがれた声が響いてきた。

 少しばかり待っていると、老いた小妖魔の男性が姿を現す。


「へへぇ、お待たせしやした。あてしが主人のケトルにごぜえます。晩飯、食うとりましたもんで」

「お食事をなさっておいでとは、済みません」

「いんやぁ、これも商売ですんに。そんでお旦那さん、なんを、お求めですかんのう?」

「こちらに、覇王樹の果実を置いておられると聞き及びましてね。まだ残っていますでしょうか」

「へえ、ごぜえます」

「では一粒、購入させて頂きましょう」

「ありがとうごぜえます。金貨四十枚ですんに」

「やけにお安いのですね!?」


 パースリが目を丸くしながら、巾着パウチの中の金貨を数えて支払う。


「魔女の魔法は一切、施されとりませんもんで」


 ケトルは、三つ並んでいる戸棚の右端の前に立ち、上から二つ目の引き出しを開ける。小袋を一つ選び、手に取って差し出す。


「三日前に採ってごぜえます」

「それなら鮮度は、まだ保たれているでしょうね」

「へえへえ」


 珍しくて高価な品目アイテムというのは、滅多に売れないもの。特に生鮮品だと、購入しようという者が訪れる前にいたんで、無駄になることも多い。店主にとって、これは大きな悩みの種である。

 覇王樹キャクタスが実るのは、百年に一度、花が咲く時だけなので、その果実は極めて希少な生鮮品である。十日ばかりで朽ちてしまうので、そのままでは店に置けない。たいてい、魔女族に「冷却状態リフリヂャレイション」や「保存状態プレザヴェイション」というような魔法を施して貰うけれど、沢山のお代が必要となり、よりいっそう値が張ってしまう。

 パースリが、もう一つ問う。


「売れなければ、お困りになりませんか?」

「六日目になったら、あてしが食うですんに」

「ああ、そういう訳でしたか」

「お陰で、あてしは長く生きてごぜえます」


 覇王樹の果実は、小妖魔に延命効果をもたらすという。売れなければ自分で食べて無駄にしないという発想である。これは、いわゆる「持続可能な(サステイナブル‐)商売ビズネス」を目指す方策の一つと言えよう。

 購入した小袋が、パースリからキャロリーヌの手へと渡る。


「早速、シルキー氏に飲ませてあげて下さい」

「はい!」


 キャロリーヌは大喜びで、指先に収まるくらいの丸い粒を摘み出す。

 しかしながら、固い実なので、絞って汁を得ることなどできそうにない。


「この俺さまなら、容易いですぜ!」

「はい、お願いしますわ」

「へいへい、お任せでさあ」


 ショコラビスケが、太い指の二本で粒を摘まみ取った。

 シルキーの嘴が、キャロリーヌの手でゆっくり開かれる。それを見て、ショコラビスケは、指先に力を集中させる。

 果実は瞬時に潰れ、透き通った薄い蒼色の汁が滴り落ち、白頭鷲の口に果汁が流れる。飲み込ませるために、嘴を閉じて喉元を優しくさする。

 次の瞬間、シルキーの両目が開き、喉から小さく「くいっ」と発する。


「あっ、お目醒めですわ!」

「うまくいったようだね」

「はい!」


 マトンの問い掛けに、満面の笑みで答えるキャロリーヌである。

 その一方で、シルキーは、自らの置かれている状況を把握できていない様子。


「きゅ?」

「キャビヂグラッセ女史が、雷金光ライトニングの昏睡呪縛という魔法を使ったことで、あなたは、今まで眠っていらしたの」

「きゅい!」


 シルキーは、キャロリーヌの説明で得心に至った。


「おうおう、全員が揃ったところで、いよいよ夕飯ですかい」

「そうですわね。なにを食すことにしましょうかしら?」

「少しは豪勢な料理を食べたいところだよ。深層まで進めば、普通の食事はできなくなるからね」


 ここにケトルが口を挟んでくる。


「お旦那さんたちにお嬢さん、()()()()()()()は、いかがですかんのう?」

「そりゃあ一体なんですかい?」

「小麦の粉汁に、お好みの具材を混ぜて、ひらったく焼くですんに。それに甘くて濃い果油ソースを塗って食うですんに」

「具材ってえのは、どんなでさあ?」

牙猪ボーダク烏賊スクウィド鞍紋貝アマナイトなんぞなんぞ、山の幸や、海の幸やらにごぜえます」

「そいつは美味そうですぜ!! がっほほほっ!」


 ショコラビスケが大いに食欲を示した。パースリにしても、聞いたことがあるけれど、まだ食していないので、砂粒の大きさすらも迷わず賛同する。


「小麦の粉汁焼き屋は、この裏すぐ近くにごぜえます」

「がっほほ。そんならそれで、行きましょうぜ!」


 ショコラビスケが駆け出し、キャロリーヌたちも続き、店の裏手へ回る。

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