《★~ 迷宮の上層(二) ~》
店の前で、女性の小妖魔が忙しく立ち働いていた。
彼女は、キャロリーヌたちのやってきたことに気づき、明るい笑顔で、お辞儀と挨拶をする。
「えらっさぁ~」
「お今晩は。あの、ここの主人は、ご不在のようでしょうか?」
パースリからの問いを受け、女性が店の奥に向かって叫ぶ。
「兄やぁ~!」
すると男性の小妖魔が、小走りで姿を現す。
「ミリン、どったな?」
「お客さぁ、お呼びなすっての」
「そっけえ」
出てきた男性が、パースリに向かって問う。
「あっしにご用でござい?」
「ボクは、ここの主人に尋ねたいことがあるのです」
「あっしが主人のケチャプでござい!」
「おや、ここはバジリコさんの、お店のはずでは??」
パースリにとって、若い小妖魔の二人は、どちらも初顔なのだった。
ケチャプと名乗った男性が、神妙な表情になって答える。
「お母、腰ぎくりと患っちまい、あっしが継いでござい」
「そういう事情がおありでしたか。バジリコさんも、お歳を召されておられるようですから、お大事になさって下さいと、お伝え下さいますでしょうか」
「了解してござい」
畏まって頭を下げるケチャプである。
この小妖魔は、ドリンク民国軍務省に勤めていたけれど、ついこの前、母親のバジリコが、いわゆる「ぎっくり腰」になってしまったので、退官して、故郷であるこの地に戻ってきた。軍務省の食堂で働いていた妹のミリンも、この機にケチャプと一緒に帰り、店の手伝いをしているという。
「お客さぁ、お尋ねなさりたいって、なんでござい?」
「覇王樹の果実を取り扱っているお店を、ご存知かどうかです」
「どっだな……」
考え込んでしまったケチャプに、ミリンが助言する。
「ケトル殿さぁ、置いてなすっての」
「あぁ、ケトル爺さぁ店な」
「そのお店は、どちらにありますでしょうか?」
「あっち、百歩ほどでござい」
「そうですか、どうもありがとうございます」
パースリは、並んでいる品々から襟巻きと火打ちを選び、四つずつ分のお代を支払う。
それらの品目がキャロリーヌたちの手に渡る。
「ボクたちの命を守るために、これは大切です」
「分かりました」
「そうだね」
キャロリーヌとマトンが素直に同意した。
その一方で、ショコラビスケは、受け取りながら問い掛ける。
「襟巻きは、まだ早くないですかい?」
「こちらに収めておきましょう」
キャロリーヌが、パースリの背袋を差し出した。少しばかり前まで、金剛石棒が百本も詰まっていたけれど、今は一本だけになっていて、襟巻きの四つくらい、簡単に入れることができる。
「それはボクが担ぎましょう」
「お願い致します」
背袋は、持ち主であるパースリの手に戻る。
火打ちは、受け取った各自で、衣服の小物袋などに入れておく。それは、石と鉄の塊に穴を開けて細い縄で結び、離れ離れにならないようにしたもので、打ち合わすと火の粉を散らし、木や布を燃やすことができる。
「ケチャプさん、松明を二十本、購入します」
「あい!」
松明の十本束が二つ、パースリの背袋に収められる。
こうしてキャロリーヌたちは、ケチャプとミリンに別れを告げて、ケトルの店へと向かう。
突如、「ぐるるぅ~」という音が、洞窟に響く。
「おうおう、つい腹の虫を鳴らしてしまいましたぜ!」
「夕餉の刻限ですものね。あたくしも、少し空腹を覚えてきましたわ」
「僕も同じだよ。でもキャロル、まずはシルキーを目醒めさせて、全員が揃って食べることにしようよ」
「ええ、仰る通りですわ」
「マトンさんよお、この俺も当然のこと、そうするのがよいと思いますぜ。なんといってもシルキーは、今回の作戦で重要な役目を担う、俺たちの大切な面子なのでさあ!」
ここにパースリが、勢いよく口を挟んでくる。
「ボクの心は大きく揺さぶられました!」
「あらまあ、そうですの!?」
「はい!! ボクの探索は、いつも単独で行っていまして、今回このように集団を組むのは、生涯初めての経験となりました。面子同士で、お互いを思いやる、深い気持ちを惜しまないことが、なによりも大切なのですね!!」
間もなく、キャロリーヌたち一行がケトルの店に到着する。




