《☆~ 餞別 ~》
まだ悲しみの谷底で彷徨うキャロリーヌに、マトンが、一つの方策を持ち掛けようとする。
「ねえキャロル、キミだってオイルレーズン女史のように、治癒魔法を使えるはずだよね。それを試してみたらどうだろうか」
「はっ、はい! そうでした!!」
動揺のせいで、キャロリーヌは、魔法をすっかり忘れていた。
魔女族として、未熟さを痛いくらいに感じるけれど、今は少しでも早く治癒を施すのがよい。気を取り直し、強く願って詠唱する。
「回復! 目をお醒ましになって!」
ところが、腕の中でシルキーの身体には、なんの変化も生じない。
マトンが心配そうな表情で問い掛ける。
「うまくいかないの?」
「……」
手遅れなのかと思って、希望を失いそうになる。
しかも、追い打ちを掛けるかのように、冷酷な言葉が届く。
「無駄なことだよ」
キャビヂグラッセが地面から立ち上がって、よろめきながら近づいてきた。
マトンが背中の鞘から剣を抜いて構える。俊敏な動きだった。
しかしながら、キャビヂグラッセは、鋭い刃先を向けられても怯むことなく、妖しい笑みを浮かべている。
「業物だねえ。誰が打った?」
「宝石泥棒に教えるものか」
「ふん、小癪な剣使いめ!」
ここにキャロリーヌが割り込んでくる。
「生きておられましたのね」
「見れば分かることだ」
「お怪我なぞも、ございませんかしら」
「わたしの身体なら、どうということはない。それよか、どうして死鏡を投げ捨てたりした?」
「あなたを死なせないためですわ」
「その甘っちょろさが、いつか命取りになる」
「ええ、仰る通りと思います」
キャロリーヌは、指摘されたことを素直に受け入れた。
「それはそうと、キャビヂグラッセ女史、先ほど仰った《無駄なこと》とは、どういう意味ですの?」
「治癒魔法など効くはずがないということだ。お前の鳥は、少なくとも十日間、そうして眠り続ける」
「シルキーさんは、確かに生きておられますのね?」
「腕に温もりを感じるだろ」
「はい」
先ほどのキャロリーヌは、気の動転するあまり、つい取り乱してしまった。でも今はもう、シルキーが昏睡しているだけだと気づいている。
「十日が過ぎれば、きっと、息を吹き返しになりますのね?」
「ああ。お前を気絶させるための魔法が、その鳥に効いたのだ」
「安心しましたわ」
「ふん。正直な話、お前が死鏡を持っているのには、心底驚かされた。気づいて咄嗟に雷金光を曲げたが、少しでも遅いと、わたしは命を落としていた」
キャビヂグラッセは、身震いしながら話した。
そんな魔女族に向かって、マトンが問い掛けてくる。
「シルキーを、すぐに目醒めさせられないかな。僕たちには都合があって、十日も眠らせておく訳にいかなくてね」
「小癪な剣使いに教えるものか」
「そこをなんとか」
「嫌なこった」
外方を向くキャビヂグラッセに、キャロリーヌが深々と頭を下げる。
「どうか、お教え下さいまし」
「お前は、キャロルというのだったな」
「その愛称で呼ばれることも、少なからずありますけれど、正しい名は、キャロリーヌ‐メルフィルですのよ」
「覚えておくとしよう。わたしは、ちょいとだけお前を好きになった」
「まあ本当に!?」
「うん、だから教えてやる。覇王樹の果汁を飲み込ませることだ。そうすれば、雷金光の昏睡呪縛がすぐに解ける」
「どこで手に入りますの?」
「地下迷宮へ行ってみるがよい。商売を営む小妖魔の中に、それを売る者がいるはずだからねえ」
「お教え下さいまして、どうもありがとうございます!」
キャロリーヌは大喜びして、再び頭を下げる。
その一方で、マトンが暗い表情を変えようとしない。
「キャロル、覇王樹は、とても高価な品目でね。たった一粒の果実に、金貨が二百枚も必要だよ」
「あらまあ、どうしましょう!!」
「金剛石棒を一本だけ持って行け。残りは全部、わたしのだからね」
「えっ、よろしいのでしょうか!?」
「餞別だ」
「感謝致します!」
キャロリーヌとマトンは、キャビヂグラッセに別れを告げる。