《★~ 竜魔痴の最期 ~》
最近のグリルは一日のほとんどを眠って過ごし、目を開けているのは夜の半刻くらいである。その際に、少しだけ食事を喉に通す。そして、すぐにまた横たわり、深い眠りに入るのだった。
そのような状況となった今でも、キャロリーヌは昼間のうちに数度、様子を確認するために、父の居室へ向かうことにしている。
《一等栄光章が戻ってくること、お父さまにお伝えしましょうか》
オートミールからは、内密にと釘を刺されている。
この先もずっと病床にあるだろうグリルに話したところで、他人に知られる心配は一切ないのだから、おそらくは、なんら問題などあり得ないはず。
けれども、再叙勲が現実にならなかった場合には、いわゆる「ぬか喜び」を、父にさせてしまうことになる。
《確かな通知がくるまでは、伏せておく方がよいのかしら?》
キャロリーヌが父の居室に入り、寝台に近づいた時である。
横たわって静かな眠りを続けているはずのグリルが、突如、自らの力で寝台から這い下り、床の上で直立するのだった。
「ま、まあ、お父さま!?」
キャロリーヌが大きく驚くのも無理はない。
これこそ異変である。父の身体に、一体なにが起こったのか。
全身に酷い痺れをもたらす竜魔痴である。そのような重病を患ったグリルは、今ではすっかり弱り切ってしまい、キャロリーヌの助けなしでは、上半身すら起こせない状態だったはずなのに。
「お父さま、どうなさいましたの??」
「ガルルルゥ~」
「へっ!?」
「グゥオォーッ!」
「きゃあ!!」
どういう訳だか、大きく開かれたグリルの口の奥から、黒っぽい紫色の炎が噴き出してくるのだった。
キャロリーヌは咄嗟に身をかわし、火に包まれるのを免れる。
「ヴッグゥ!」
狂乱状態のグリルは、重く低い唸り声を一つ発し、床へ倒れ込んだ。
「お父さまーっ!」
身の危険を顧みず、うずくまってしまったグリルの傍へと、無心で駆け寄るキャロリーヌである。
しかしながら、父は既に息を引き取っているのだった。
紫色の炎を口から吐き出し、断末魔の叫びと同時に絶命するというのが、竜魔痴の最期なのである。その恐怖を目の当たりにすることになったキャロリーヌは、しばらく硬直状態となったまま、グリルの亡骸を抱いていた。
少しして、パラパラと涙の粒を落とす。
「お父さま……」
ただ一人だけ残っていた肉親の父まで、ついに逝ってしまった。
「お母さま、トースター、あたくしは、この先どうすれば……」
これでとうとう、一人ぼっちになった。
辺境の地、メルフィル家の周囲には人が誰も住んでいないため、キャロリーヌの寂しさは、とてつもなく大きな胸の痛みを招くことになる。