《☆~ 雷光の槍 ~》
聡明な使い鷲のシルキーも、自らの判断で宙を舞い、宝石泥棒を追跡するために飛び立った。
辺り一帯は静かな夕暮れ。少なからず心細くなるけれど、キャロリーヌは、この場で忍耐して、自身に与えられた役目を果たさなければならない。
一分刻ばかりが過ぎ、突如、空から降りてくる者があった。他の誰でもなく、逃げたキャビヂグラッセである。
驚きを隠すように、落ち着いた声で呼び掛ける。
「お帰りなさいまし」
「ああ、ただ今」
「どうして、お逃げになりましたの?」
「決まっているだろ。賢者の石を独り占めしたいからだ」
「それは、ヴィニガ子爵さんのものですわよ?」
「今はもう、こっちの手中にある。だからわたしのだよ」
キャビヂグラッセは、得意気な顔で手前勝手な理屈を話しながら、持ち逃げした魔石を、高く掲げてみせるのだった。
《手の中にあるから、自分のものですって??》
このように理不尽でしかない言い分など、とうてい認める訳にいかないと思うキャロリーヌだけれど、それを逆手に取る策を思いつく。
「引き寄せ!」
「はっ!?」
キャビヂグラッセは、驚愕の気色を隠せなかった。しっかりと握り締めていたはずの魔石が、音もなくすり抜けてしまい、空中を一直線に飛んでキャロリーヌの手へ渡ったものだから、これは無理もないこと。
しかしながら、雷金光系統の老獪な魔女族が、このまま口を閉じて見過ごしはしない。
「てっきり人族の小娘と思っていたが、まさか魔女族だったとは。あっははは、面白い!」
「そうですか」
「うん、お前ほど魔女の存在を感じさせない者も、なかなかに珍しいのだよ。わたしの不意を突いて、見事に宝物を奪い取るという、その俊敏さも、ちょいとだけは称賛してやるとしよう」
「お褒め下さり、光栄ですわ。うふふ」
「笑えるのもここまで。小癪な態度をやめぬなら、容赦はしない。しかし同じ魔女族、ただ一度の機会を与えてもよいぞ。さあ、わたしの魔石を今すぐ返せ」
「なにを仰いますか。これは、あたくしのですわよ?」
「なんだと!」
「だって今はもう、こちらの手中にありますもの」
「黙らっしゃい!!」
怒り心頭に発するキャビヂグラッセである。彼女の瞳が妖しい明るさで輝きを増し、歪められた口唇は、微かな震えを伴って開かれる。相手が魔法を唱えようとしていることが、キャロリーヌには、よく分かった。
「いけません!」
咄嗟に叫んで、魔石を放り出す。自由になった両手を使い、首に掛けてある紐を掴み取り、胴着内の死鏡を身体から引き離して、勢いよく空へ投げる。
その一方で、キャビヂグラッセが、後方へ距離を隔てながら詠唱する。
「貫け、雷金光!」
宙に光の筋が生じ、真っすぐに飛んでくる。それは「雷光の槍」と呼ぶに値する攻撃魔法だった。あまりにも速く、逃れる術がない。
でもキャロリーヌの額を貫く寸前、どういう訳か、槍は大きく折れ曲がって、クルクルと回転しながら空をゆく。
「ああっ!!」
全身が凍りつくように感じた。なぜなら、雷金光の走った先に、こちらへ向かって飛ぶ鳥の姿があるのだから。
上空が眩く輝き、一瞬、なにも見えなくなった。
けれども視界はすぐ戻り、キャロリーヌは、あわてて両腕を広げ、落ちてくる白頭鷲を受け止めた。
「シルキーさん!」
呼び掛けても、目を閉じたまま動かない。
ここにマトンが戻ってきた。彼の手には死鏡がある。
「キャロル、無事かい?」
「あたくしが、それを投げたばかりに……」
身体の力が抜けてしまい、キャロリーヌは崩れるように座り込む。
マトンは周囲を見渡す。少し離れた場所で、キャビヂグラッセが、うつ伏せになって倒れており、その近いところに、パースリの背袋が、金剛石棒の詰まったまま置かれている。
傍に転がっている賢者の石に気づき、取りあえず拾って、再び問い掛ける。
「キャロル、一体なにがあったの?」
「シルキーさんが、ううぅ」
大粒の涙をいくつも落とし、啜り泣くばかりのキャロリーヌ。
ほんの数分刻で色々なことが起こり、胸中の衝撃は大きく、なにから伝えればよいのか、まったく分からないのだった。




