《★~ 大賢者の最上級宝石(六) ~》
冷たい古古椰子果汁を飲み終え、各自は急ぎ、出立の仕度を始めた。パースリも重そうな荷物を担いで、一等官馬車に乗り込む。
この先、まずローラシア東部国境門へ向かい、メン自治区に入って、さらに東へ進めば海域に出る。そこから貸し船で北上して、ゴンドワナと呼ばれる地方の極東に古くからある、アラビアーナの街に辿り着く。この経路は、少しばかり遠回りになるけれど、用心のため、パンゲア帝国の領土を一切通らない方針だから。
馬車が走り出してすぐ、ショコラビスケがパースリに話し掛ける。
「ヴィニガ子爵さんの趣味はなんですかい。俺は魚釣りが好きですぜ」
「ボクの好きなことは、探索と全世界の研究です。それは趣味というより、このボクに与えて貰った、使命のような仕事です」
「魚釣りは、やらないのですかい?」
「必要があったら、することもあります」
「そりゃあ一体、どういう意味でさあ?」
「探索のために辺境の地で過ごす際、川や湖があれば、そこで魚を獲って食糧にするのです」
「この俺も、釣った魚は、一匹残らず食べますぜ」
突如、馭者の席から、マトンが口を挟んでくる。
「ショコラは釣りを楽しみ、得られた魚を食べることも楽しいだろう?」
「そりゃあ、そうですぜ」
「ヴィニガ子爵の魚釣りは、楽しみが目的なのとは違って、その日を生き抜くためになさるのだよ」
「けれども、砂利なんかを滋養がある食品に変えることのできるとかってえ、便利な宝石をお持ちでさあ」
ショコラビスケは、今朝オイルレーズンから聞いた、「賢者の石」があれば、魚を釣らなくとも、食材を簡単に得られるはずだということを、得意気な顔になって言う。
しかしながら、パースリは頭を大きく横に振った。
「ボクが持っている石は、今のところ、その効力を失っています」
「がっほ! そりゃあまた、どうした訳でさあ!?」
「賢者の石が持つ効力というのは、徐々に減ってゆき、一年も経てば、まったく使えなくなってしまう特性があるのです」
「すると、ただの石っころって、ことなのですかい?」
「まさしく、その通りです」
「なんてえこったあ……」
肩を落とすショコラビスケである。不思議な力のある宝石を頼りに、パースリを仲間として加えたはずなのに、その石が使えない代物だと知らされたのだから、これも無理はない。
今まで黙っていたキャロリーヌが、静かにつぶやく。
「一等栄養官さまは、そのようなお話を、なっていませんでしたわ」
「おや、そうなのですか?」
「はい」
「効力を失ってしまった五系統の石を、六系統にして、再び使えるようにするのです。オイル伯母さんは、そのように話しませんでしたか?」
「えっ、どういうことですの??」
これも聞いておらず、キャロリーヌは驚いた。
それでパースリは、詳しい説明の必要があることを知る。
「アラビアーナの街に、雷金光系統の名高い魔女族がおられます。そのお方に、対価として五万枚の金貨を支払い、六系統の魔石に作り変えて頂くのです」
「まあ、そうですのね!」
「がっほほ。そんなこと言ってなかったぜ、まったくよお!」
ここにまた、マトンが割り込んでくる。
「ショコラ、なにもオイル婆さんが悪い訳ではないよ。今朝は、なかなかに慌ただしくしていたからね。洗いざらい話すには、刻が足りなかったのさ」
「マトンさんの仰る通りですわ」
素直に得心するキャロリーヌである。
「大賢者の石ってえことについては、お話しになりましたぜ。さぞかし美しい宝石に違いねえでさあ。がほほ!」
「いいえ。見た目は黒いだけの石に過ぎません」
「がっほ! そいつは一体、どうしてでさあ??」
ショコラビスケに限らず、魔女族を除く亜人類や、たいていの人族は、宝石という品目を美しい装飾品として扱うことでしか、その価値を見出せていない。高価な宝石に手が届かない者にしてみれば、高く夜空に輝く、一つ刻の業火の星、あるいは二つ刻の純水の星のように、鮮やかな色彩を放つ様子を思い描くのが、いわゆる「関の山」であろう。
しかしながら、「大賢者の最上級宝石」と呼ぶに値する六系統の魔石は、美しい輝きを放つどころか、漆黒の塊である。見つめる者は、周囲に溢れた光もろとも、まるで魂を吸い取られるように感じるという。