《★~ 大賢者の最上級宝石(五) ~》
ローラシア皇国とパンゲア帝国の境に設置されている検問所の一つ、アタゴー山麓西門に、キャロリーヌたちを乗せた馬車が、先ほど到着したところ。パースリと合流する取り決めである七つ刻まで、あと分刻を残すばかり。
配置換えで十日ばかり前に、ここの国境門で長を務めることになった二等護衛官のクレソン‐ピューレが、検問を通過するマトンの姿を見つけ、近づいてくるのだった。
「また今日も、お仕事ですか?」
「仰せの通りです、ピューレ殿。今度はアラビアーナの地下迷宮を探索することになりましたよ」
「それは大変でしょうね」
「ピューレさんよお、この俺さまも同じく、お仕事ですぜ。がほほ!」
横から口を挟んだ竜族に対し、クレソンは、眉をひそめて答える。
「えっと、どこの誰だったか?」
「おいおい、会うのは三度目じゃあねえか! 半月ばかり前にも、山麓東門で言葉を交わしただろ!」
「ここもあちらも、人族の他に、色々な亜人類が通るからな」
「ショコラ、話がややこしくなるから、しばらく口を閉じてくれないか?」
「分かりましたぜ、まったくよお」
マトンに諭されて、渋々従うショコラビスケである。
そんな竜族の巨体の背後に隠れて、キャロリーヌが静かに立っている。なにしろ水鏡の効果で、自分の方がショコラビスケの印象が強くなっているのだから、迂闊に姿を見せると、本当に話が拗れるに違いないから。
クレソンが再びマトンに話す。
「ところで、パースリ‐ヴィニガという若い子爵殿が少し前に到着され、《近くの屋台にいます》という言伝を残して、外へ向かいましたよ」
「そうですか、では行ってみます」
検問所の建物を出ると、宿屋、貸し馬屋の他、露店もいくつかあって、旅の途中で気軽に立ち寄って、食事や休憩ができるようになっている。
キャロリーヌたちが屋台の前にきてみると、パースリは、客用の椅子に腰掛けて、炊米飯を食べていた。
「あの、こんにちは、ヴィニガ子爵さん」
「おおっ、キャロリーヌ嬢! これは済みません。なにしろボクは、昼餉の前に出立したものですから、この通り、今頃になって腹拵えをしているところです」
「どうぞお気になさらず、ゆっくり味わって下さいまし」
「ありがとう。少し待って貰いましょう。ボクは、アタゴー山麓西門の名物ローラシア料理、牙猪肉の燻製入り炊米飯が大好物なのです」
突如、ショコラビスケが割り込んでくる。
「お初になりますぜ、ヴィニガ子爵さん、俺は新進気鋭の探索者、ショコラビスケでさあ。以後、お見知りおきのほど、よろしく頼みますぜ。がっほほ!」
「パースリ‐ヴィニガです。どうぞよろしく」
「僕は、オイルレーズン女史の集団で長年、剣士を務めてきました、マトン‐ストロガノフです」
「よく聞いていますよ。勇ましいご活躍のお話に加え、昔、あなたの兄上、ディア殿が、オイル伯母さんの恋人だったことなど」
「俺さまのことも、色々と聞いていますかい?」
「ええ、惚け顔の竜族だけれど、腕力と度胸の大きさには、助けられることもあるようですね」
「惚け顔ってえのは余計だぜ、まったくオイル婆さんはよお!」
マトンとショコラビスケを相手に、探索の思い出などを語り合いながら、パースリは炊米飯を食べ終えた。
「実に美味しかった。なにか飲み物も欲しいな。そうだ、冷たい古古椰子果汁がよいだろう。あなた方も、一杯どうですか? お近づきの印として、ボクから皆さんへ進呈しましょう」
「がほほ、そいつは嬉しいですぜ!」
「お言葉に甘えて頂くとしようか、ねえキャロル」
「はい」
パースリが、屋台の主人に平皿と匙を返却しにゆき、四杯の古古椰子果汁を購入して戻る。
それを貰って飲みながら、キャロリーヌが問い掛ける。
「あたくしの様子がおかしいと、お思いになりませんの?」
「ショコラビスケさんの印象が映っていることを、仰っているのでしょう」
「そうですわ」
「水鏡のことは、オイル伯母さんが言っていました。魔石粉砕の作戦には、どうしても必要ということですね。そのような大役をお引き受けになるご勇気には、心より敬服します」
「あらまあ、そんな……」
奇異な目で見られるのではないかという心配は無用だった。その逆に、褒められたので、照れてしまうキャロリーヌである。