《★~ 大賢者の最上級宝石(三) ~》
人族年齢で二十六歳となったばかりのパースリは、一昨日、ロッソ‐ヴィニガと結婚し、子爵家を引き継いだ。
新婚旅行ということで、当初はパンゲア方面を含め、この大陸を一周するつもりにしていたところ、帝国軍による国境封鎖があったせいで、彼らの計画は、変更を余儀なくされた。そのためヴィニガ夫妻は、エルフルト共和国にいくつかある温泉宿の一つで過ごし、昨日の夜には帰り着いていた。
突如、オイルレーズンがやってきたので、パースリは、少なからず驚くけれど、子供の頃から敬愛している伯母の訪問を喜び、新しく建てた邸に、快く招き入れてくれた。
パンゲア帝国の地下からアラビアーナの迷宮へ進む抜け道を見つけたいという話を聞いて、生粋の探索者であるパースリは、明るく光らせた瞳でオイルレーズンを見つめ、「このボクが、全面的にご協力させて頂きましょう」と返答し、魔石粉砕の作戦に強い意欲を示したという。
「昨晩、あのパースリが見せた嬉々とする表情は、彼がまだ少年じゃった頃、あたしが、彼にとって大叔父に当たる、偉大な全世界学者の冒険物語を聞かせてやった際、興奮で上気した笑顔、そのものじゃったわい。ふぁっはは!」
「オイルレーズン女史、お話の筋は、よく分かりましたぜ。それで協力してくれるとかってえ、そのパースリさんが、俺たちのやろうとしている作戦に、どんな具合で、役に立つのですかい?」
「有用なものを二つ、所持しておるでのう」
「そりゃあ、一体どんなものでさあ?」
「まず、アラビアーナの迷宮を自ら探索し、苦心して作り上げた地下の図。そしてもう一つ、賢者の石じゃよ」
「俺たちは、どうしてその石を必要とするんですかい?」
「毒を含む湧き水でも、あたしらの飲める清い水にすることができる。そればかりか、なんら味わいも栄養も得ることの叶わぬ、ただ硬いだけの砂利を、滋養に富む食品に変えることも容易い」
かつてディグが、パンゲア牢獄街から地上へと抜け出るために、半年に渡る長い日々を地面の下の深いところで暮らし、前へ進むことができたのは、賢者の石を持っていたお陰である。そして貴重な、その五系統の魔石が、どういう訳か、今はパースリの手元にあるという。
いくつか疑問を抱いているキャロリーヌが口を挟む。
「一等栄養官さま」
「なんじゃな、キャロル」
「お尋ねしますわ。ディグ殿は、どのようにして、賢者の石を手に入れることができましたの。シュガーレーズンさまは、お渡しにならなかったのでしょ?」
「母は、人族なぞが容易に近づくことのできぬアイスミント山岳の奥地へゆき、泥と氷ばかりのシシカバブ湖に、石を沈めたのじゃよ。叔父は、そのことを聞いて、深い湖底に落ちた宝石を、どうにかして得られないものかと考えた」
ここにショコラビスケが割り込んでくる。
「潜って取ってくれば済むことでさあ」
「泳ぎの達人でも叶わぬことじゃ」
「あの湖には、人食い大妖魔鯰が棲んでいるし、たといそうでなくとも、不浄な泥と酷く冷たい氷水のため、生きては戻れないのだよ。なのに潜るだなんて、愚か者のすることだね。ははは」
マトンの話す通り、シシカバブ湖は、大陸一危険な沼なのだった。
「叔父は、五年を掛けて、粘り強く実地調査を続け、湖が一年、三百三十六日のうち三日だけ、水と氷は涸れ果て、泥の固まる現象を発見するに至った」
「五年も掛けないでも、一年あれば分かるのじゃねえですかい?」
「次の年も同じとは限らぬ」
「それなら、二年で分かるはずでさあ」
「たったの二度、続いて起きたといって、三度目もまた、必ずそうなるものでもないわい。偉大なディグ‐ハタケーツは、五年続けて自らの目で確かめ、一年に三日だけ起こる、不可思議な自然の理を知ったのじゃ。そういった不屈の態度で挑む調査こそ、秀でた全世界学者のなせる偉業というもの」
兎も角、ディグは、六年目にして、念願の宝石を手に入れた。それから十年を経て、彼は、その宝石が持つ力を借り、入ってしまうと二度と地上へ出られないはずのパンゲア牢獄街から、無事に生還を果たすことができる。