《★~ 大賢者の最上級宝石(一) ~》
もしもグレート‐ローラシア大陸の各国、交通の多い道に立ち、行き交う人族や亜人類の大勢に呼び掛け、「この大陸に生まれてきた最も偉大な魔女族は、誰と思いますか?」と尋ねるなら、多くの歩行者が口を揃えるような顔を見せて、「それは他でもなく、シュガーレーズンです!」と、大声で答えるに違いない。
オイルレーズンの母にして高く名を馳せた魔女族のシュガーレーズンであるけれど、彼女の肉親には、大陸の各地で好評を博す者は、オイルレーズンに留まることはなく、古今東西、少なからず生まれている。
例えば双子の妹、ソールトレーズンにしても、なかなかに稀な能力を持つことで知られた魔女族の一人だったし、父のブシェル‐ハタケーツは、第四百四十四代のエルフルト共和国大統領として、任期満了まで八年間、一日すら休むことなく務め上げ、国民から真の尊敬を受け続けた政務官である。
弟のディグは、「最高の叡智を持つ人族」という高い評価が大陸中に広まるほど偉大な全世界学者だった。
息子のコラーゲンは、ディグの娘であるチュトロと結婚する際、ハタケーツ家に婿入りして政務官の道へと進み、現在、エルフルト共和国の大統領の任に就いている。大統領夫人のチュトロは、コラーゲンにとって従妹に当たり、シュガーレーズンの姪子ということになる。
これだけ有能な者ばかり生まれる一族であるから、人々は、「身体に流れている血が高貴であり、それで優秀なのだ」と考えることもあったり、あるいは妬みを抱き、「受け継ぐ血はまったく関係がなくて、彼らは、大賢者の最上級宝石と呼ばれる秘宝を持っており、他の者が真似できないことでも、実に容易く成し遂げてしまえるに過ぎない」と勝手な噂を流したりしている。
実際のところ、ディグは、いわゆる「賢者の石」を持っていた。
それは魔石の一種であって、自然に存在するものではなく、黒竜石という、地下の深いところで採れる鉱石に、四系統より多くの高等魔法を施して作られた魔法具のこと。熟練に達した異なる系統の魔女族が、四人より多くで協力しなければ、そのような上級宝石を得ることは叶わない。
ディグの所持していた賢者の石は、月‐業火‐純水‐樹林‐黄土の五系統魔石で、もう一つ、雷金光が加わっていれば、本当の意味で「最上級宝石」と呼べたかもしれない、極めて珍しい代物である。
「あたしの母が若い頃、手中に収めたその石は、業火‐純水‐樹林の三系統でしかなかった。それを、まず黄土系統の魔女族に二万枚の金貨を支払うことで四系統に変え、そしてソールトレーズンに月を加えて貰い、五系統に仕上げたそうじゃ」
「その石を、弟さんのディグ殿が、お譲り受けなさいましたのね?」
「いいや違う」
「えっ、違いますの?」
「あたしの叔父、全世界学者として世界の理のすべてを解き明かそうと、懸命に働き続けるディグは、当然のこと、賢者の石を欲しがり、シュガーレーズンとソールトレーズンに、《一度でよいから、どうか使わせて貰いたい!》と、百回より多く頭を下げて熱心に頼み込んだという。しかしながら、姉たちは、首を横に動かし続けざるを得んかった」
「一度だけでしたら、使わせてあげてもよろしかったのでは?」
「その考えも間違っておる」
「まあ、どうして!?」
「人族にとって手にあまる代物じゃから、たとい千回も頭を下げられようと、一度でも渡すなぞ、決してできんかった」
ここにショコラビスケが口を挟む。
「そうしますとディグさんは、賢者の石を、こっそり盗み出したのですかい?」
「戯け! あたしの叔父を、そのように侮ってはならぬ!」
「がっほ。そりゃあ、済みませんことでさあ……」
ショコラビスケは、素直に大きな頭を下げ、それから太い首を傾げる。キャロリーヌにしても、不思議そうな表情を見せている。
二人は、それぞれ胸の内、「一体どうして彼は、賢者の石を手に入れることができたのだろうか?」といった、単純な疑問を抱くより他はない。




