《★~ 奇妙なことが続くという話 ~》
オートミールの口調は、以前この邸へやってきて縁談の件を伝えた時とは明らかに違い、今日はとても丁寧である。
この二等管理官が、キャロリーヌに対する敬意を払った言葉使いで、別の話題を切り出してくる。
「つかぬことをお尋ねさせて頂きます。あなたさまは昨日ずっとこちらにて、おられましたのでしょうか?」
「はい。あの大雪があり、朝早くには扉が開かないくらいでしたもの。お昼近くになって、ようやく外へと出られましたけれど、お邸の周囲を見て回るくらいしか、あたくしにはできませんでしたわ。けれども、そのことがなにか?」
「実は、昨日の夜明け前、宮廷の門番をしておりました五等護衛官が、メルフィル公爵家のキャロリーヌ嬢に似た少女を見掛けたそうにございます。おそらく見間違いなのでしょう。それでも念のためにと、お尋ねさせて頂いた次第であります」
「そうですか」
当然のこと昨日の未明、キャロリーヌが宮廷近くにいる訳がない。
「では、もう一つお尋ねします。一等管理官殿の大切にされています白い牝馬のことなのですが」
「あっ、ファルキリーでしたら、一人でこちらへ戻ってきましたわ」
「なんと!?」
「それをお伝えしようと思っておりましたの。あのファルキリーが、首に勲章をつけていましたもので」
「はあ?」
「少々お待ちを」
キャロリーヌは、昨日から大切に保管してある、勲章つきの飾り帯を持ち出してきて、オートミールに手渡す。
それは、かつてキャロリーヌの父、グリルに叙勲され、三年前に起きた騒動の際に剥奪されてしまった「一等栄光章」である。勲章の裏側に、グリル‐メルフィルの名が刻んであり、紛れもなく本物だと、オートミールには分かった。
「奇妙なことが続く……」
「あの二等管理官さま?」
「ああ、失礼を致しました。実を申しますと、昨日はファルキリーが突然いなくなったばかりか、スプーンフィード伯爵家に仕える老いた女中もまた、その姿を消してしまったのです」
「まあ、大変ですこと!」
オートミールは昨日の未明、皇帝陛下暗殺という大事変、およびフローズン死去の知らせを、スプーンフィード伯爵の邸宅まで伝えに走ったのだけれど、その際に取り次ぎをしてくれたオイルレーズンという老女中の姿を、それ以後には、誰一人として見ていないそうだ。
尤もながらオートミールは、あまり詳しく語ることができない。
「この一等栄光章はお預かり致します。ここだけの話ですけれど、後日、正式な手続きを経て、メルフィル公爵に再叙勲されることとなりましょう」
「え、そうなのですか!?」
剥奪された勲章が父の元へ戻ってくるというのは、いわゆる「吉報」であるに違いないけれど、その意味するところの意図がなんであるのだろうかと、キャロリーヌの頭によぎるものがあった。
しかしながら、この十六歳になったばかりの少女には、「大赦」という皇国の慣例を経験したことがないため、皇帝陛下の崩御があって、新皇帝陛下即位の儀が近くに執り行われるのであろうことなど、思いつきようもないのだった。
「左様です。今のところは、このくらいしかお答えできませんけれど、数日中のうちに必ずまた、お知らせに参ることとなりましょう。ですから本日は、これにてお暇させて頂きます。勲章の一件は、どうかくれぐれも内密にお願い致します。またファルキリーのことも、改めて処遇をお伝えすることになるかと思います。それまでの間しばらくは、こちらでお見守り頂けますか?」
「ええ、承知致しましたわ。どうかお気をつけて、お帰り下さいませ」
オートミール、そして一緒にきていた非高級官は、これにて役目を終えたとばかりに、メルフィル家の邸から、急いで立ち去るのだった。