《☆~ キャロリーヌの決意(九) ~》
間もなく四つ刻を迎える頃、パンゲア帝国王室の御用達馬車に乗った一行が竜族兵舎の敷地に到着した。
馭者となって、ここまで案内してくれた政策官のピチャ‐ピヂョンは、「あちらに見えております赤煉瓦の建物が、あなた方のお訪ねになられる、シラタマジルコ中隊長の住居にございます。自分は、この近くでお待ち申し上げております」と言い、恭しく一礼してから立ち去る。
キャロリーヌたちを王室へ無事に連れ帰ることが、彼女にサトニラ氏が与えた任務であり、帰路もつき添わなければならない。そのため、一行がシラタマジルコとの面会を終えるまで、パンゲア軍の休憩所で待機するという。
黄土色湖畔へ散策に向かった昨日もそうだけれど、なかなかに乗り心地のよい道中だったので、オイルレーズンは、少なからず感心している。
「かの者は、馬の走らせ方が、実に長けておるわい」
「はい、仰せの通りです。実際この僕より、二倍は優秀と見受けられます」
オイルレーズンが馬車に乗る場合に馭者を務めることの多いマトンも、素直に賛同するのだった。
「早く行きましょうぜ。シラタマの姐さんが、あの赤煉瓦の中で痺れを切らしながら、俺たちの到着を待ってくれているに違いないでさあ。がほほ!」
ショコラビスケは目を輝かせ、先に進むことを促し、自らの太く大きい足を一歩前へ動かす。キャロリーヌも「そうですわね」と言って歩き始め、シルキーを肩に乗せているマトンとオイルレーズンも、二人の後に続く。
建物の前に着いた時、突如、扉が開いて、シラタマジルコが出てきた。
先頭に立つショコラビスケが真っ先に声を掛ける。
「よおシラタマさん、半月ぶりだなあ。がっほほ!」
「はあ?? あなた、一体どなたですか……」
「姐さん、なにをすっ惚けているのですかい! この俺さまが、せっかく訪ねてきたってえのに!」
抗議するショコラビスケを見ずに、シラタマジルコは、キャロリーヌに向かって怒鳴る。
「どういうことだ、ショコラ!」
「えっ、あたくしはキャロリーヌ‐メルフィルですわ。本日は、唐突にお邪魔してしまい、たいそう申し訳のないことに思っております」
「こら、どうしてそんなに丁寧な言葉で話していやがるのだ! 気色が悪いのにも、ほどがあるぞっ!」
キャロリーヌは、水鏡の効果のせいで、自分にショコラビスケの印象が映っていることを思い出した。
一方、シラタマジルコには、それを知る由もなく、キャロリーヌをショコラビスケ本人だと信じ込んでいる。
このままでは埒が明かないので、後方からマトンが間に割って入る。
「シラタマジルコ中隊長、特別な事情があるのですよ」
「あらマトンさまも、いらっしゃったのですね! 今日はご立派な白頭鷲も一緒で、あたいの家へようこそ! どうぞお入りになって下さいな。さあお早く!」
「あ、いや中隊長さん……」
強い握力を誇るシラタマジルコに右腕を掴まれたマトンは、そのまま住居内へと強引に引きずり込まれそうになって、大きく辟易してしまい、うまく言葉を出せずにいる。
そんな彼に代わり、オイルレーズンが答える。
「ならば入らせて貰うとするかのう」
「あら、そちらのご婦人は、マトンさまのお母君さまであらせられますか?」
「いいや違う」
「なんと、違っておりますか!? あたいとしたことが、大変な誤解をば致してございました」
「気にせずともよい」
「そうであらせられますか。えっと、そうしますと、あなたさまはマトンさまと、どのようなご関係にあらせられますか?」
「関係ということで説明するのなら、あたしの恋人じゃった男、ディア‐ストロガノフの弟が、このマトンなのじゃよ」
「得心しました。兎も角、中へお入りになって下さいな。さあさあ、どうぞ!」
こうしてマトンとオイルレーズンのお陰があり、キャロリーヌとショコラビスケも一緒に、迎え入れて貰えることになった。