《☆~ キャロリーヌの決意(八) ~》
マトンが真剣な面持ちになって、オイルレーズンに問う。
「ディグ殿は、冒険の記録といった類を、残されていないものですか?」
「あたしも、丁度それを考えておったところじゃよ。パースリならば、なにやらか知っておるかもしれぬのう」
「そのパースリってえのは、誰のことですかい?」
横から口を挟んできたショコラビスケに、キャロリーヌが答える。
「エルフルト共和国大統領の息子さんで、昨日、ロッソ‐ヴィニガさんとご結婚なさった、人族のことですわ」
「おう、そうですかい。しかし、そんなお方が、俺たちの作戦遂行を妨げることになった壁と、どういう関係がありますのでさあ?」
「パンゲア牢獄街からアラビアーナの地下迷宮へ向かう道の手掛かりを、掴めるかもしれぬのじゃ」
「へえっ、そりゃあ本当で!?」
「ふむ。パースリが幼い頃、あたしが叔父の活躍した話を聞かせてやったことで興味を抱き、同じ全世界学者を目指すことにしおってのう、なにか調べておるかもしれぬ。今夜、会いに行ってくるとしよう」
「えっ、今からエルフルト共和国まで、お向かいになりますの!?」
少なからず驚くキャロリーヌに、オイルレーズンは平然と答える。
「その通り。飛行でパースリの邸へ赴き、話を聞いてくるのじゃ。明日の朝、シラタマジルコのところに向けて出立する刻限には、戻ってくることができよう」
「でも、そうしますと、今夜は眠ることができませんのでは?」
「なんのなんの、帰りの空を、寝ながら飛べばよいからのう。ふぁっはは」
「ええっ、そのようなことできますの!?」
「月系統の魔女族なら、十年ばかり鍛錬することで、それくらいはできるようになるものじゃよ」
「まあ、あたくし、知りませんでしたわ!」
「今のあたしにしてみれば、夜空なぞ、寝台と同じようなものじゃわい。実に快適な睡眠ができるからのう。ふぁっははは!」
兎も角、オイルレーズンは、パースリに会うため、今すぐ出立することを決めるのだった。
それでキャロリーヌたち三人が一緒に、外まで見送りに出てくる。
「くれぐれもお気をつけになって、行ってらっしゃいまし」
「オイルレーズン女史、どうぞご無事で」
「首領、よろしくお頼みしますぜ!」
「任せておくがよい。キャロルや、あたしのことは気にせず、ぐっすりと眠るのじゃよ?」
「はい、分かりましたわ」
キャロリーヌの返答を笑顔で受けたオイルレーズンは、頭を一つ、軽く縦に振ってから、一言「大風」と詠唱する。
すると強い風が起こって、老魔女の身体が、か細い木の枝にでもなったかのように空高くへ舞い上がり、あっという間に遠くに飛び去る。
・ ・ ・
パンゲア軍の竜族兵舎に住むシラタマジルコは、今朝も二つ刻半に起床した。
本日は休暇を取ることになっているけれど、いつもと同じように、蜂が樹林という名のついた森まで軽走に出てきた。
獲ったばかりの黒竜蜂百匹くらいを、葉物野菜や木の実、小麦の粒と一緒に菜種油で炒める。これがシラタマジルコの元気の源になっている、日々欠かすことのない朝餉だということ。
《ショコラめが、あたいに一体なんの用があるというのだろうな。あの奴が、まさかサトニラ殿と知り合いだったとは大きな驚き、竜族も見掛けによらないものだ。政策官長からの指示に逆らうことができる訳もないし、ここは素直に訪問を受けることにして、穏やかに対応する他、なす術もないのだな……》
今朝に限って珍しいことに少しばかり焦がして、やや苦い味になってしまった炒め蜂を食しながら、こういった悩ましい思いに耽る帝国衛兵中隊長、シラタマジルコである。




