《☆~ キャロリーヌの決意(三) ~》
帝国王室の敷地には素晴らしい景観がいくつかある。そのうちで、先導を務めるサトニラ氏が一推しする黄土色湖畔に決まった。
徒歩で行くとなると半刻ばかりを要するので、王室の御用達馬車を使う。キャロリーヌたちは、馬車の到着を待っている。
サトニラ氏の部下が三人、この散策に同行するのだけれど、二人が先に荷物を運んできた。綱や釣り用竿などを手にしているので、オイルレーズンが尋ねる。
「魚でも、お釣りなさるつもりかのう?」
「はい。風景の美しさもさることながら、銀竜鯰などの獲れる、絶好の箇所があります。私は、かれこれ二十年、魚釣りを趣味にしておりましてね、夕餉の食材を釣り上げて、ご覧に入れましょう!」
「ほほう、銀竜鯰か」
「そうです。ビワー湖産に引けを取らないくらい、脂の乗りもよく、食べごたえ抜群にございます」
「是非、食してみたいものじゃわい。ふぁっはは」
喜んで笑うオイルレーズンを見て、キャロリーヌも楽しみに思う。この前、ロッソ‐ヴィニガからの誘いを受け、一緒に彼女の宿所を訪れた時、彼女の母親、ビアンカの命日ということで、姿焼きを振る舞って貰えた。今夜食すことになれば、半月ぶりの銀竜鯰である。
その一方で、マトンが疑問に思ったことを口にする。
「綱も用意されていますけれど、鯰を釣る仕掛けですか?」
「いいえ、そのための道具ではなく、沼へ落ちてしまっても、素早く救出できるように持参させております」
「あらまあ、そのように、危ないところなのかしら!?」
キャロリーヌは、少なからず気掛かりにならざるを得ない。泳ぎができないのだから、それは無理もないこと。
「険しい崖や岩場のある場所へお連れしようという訳ではありません。あの綱は、万が一の不測に備えてのことですので、どうか、ご心配なきよう」
「そうですか、納得できました。サトニラさんは、あらゆることを、お考えになっておられますのね」
「ええ、仰せの通りにございます。政策官長として、なにごとにおいても、万全の用意で臨むように、常々心掛けております次第です」
ここにショコラビスケが割り込んでくる。
「サトニラさんよお、俺も釣り好きですぜ」
「おや、奇遇ですね」
「俺もそう思って、出しゃばりと知りながら、口を挟んだってえことでさあ」
「釣りのお話であれば、私は歓迎しますよ」
「そりゃありがたい。釣り師同士、仲よくしましょう」
「もちろんですとも」
二人は、共通する趣味で話が弾むことになった。
オイルレーズンが、小声でキャロリーヌに話し掛ける。
「キャロルや、泥沼に足を取られた際、俊敏に逃れるための訓練を、しておかねばなるまい」
「まあ、そのようなことも、必要になりますの!?」
「金竜逆鱗を手に入れるためには、最低限できねばなるまい」
キャロリーヌたちが討伐しようという金竜は、アイスミント山岳の奥地にあるシシカバブ湖に棲息している。その辺りは氷の混じった泥の湿地帯が広がっており、歩いて近づくことは容易でない。
たとい空を飛行できる魔女族でも、凶竜や魔獣を相手に戦うつもりなら、沼に着地した際の対処を身につけておく必要がある。業火などの攻撃を避けて、俊敏に泥沼から抜け出さなければならない。それができないようでは、あっけなく命を落としてしまう。
「あたくしに、できますかしら……」
「そのような弱気じゃと、果たすべき目的は、いつになっても果たせぬよ」
これまでも相当に厳しい訓練を重ねてきたけれど、上級探索者を目指すには、いっそう過酷な艱難辛苦に耐えなければならない。
「あたくし、胸の内を鉄のように、堅く強くして臨みますわ」
少なからず気は重いけれど、改めて決意するキャロリーヌである。