《★~ 魔石粉砕の作戦(八) ~》
今から十七年と数ヶ月前、ミルクドの母親、カニードクロケットは、パンゲア帝国王室の後宮で第一女官の地位にあり、第一王妃だったオリーブサラッドの側近として働いていた。
同じ頃、第二王妃のドライドレーズンが、第一王妃よりも先に、バゲット三世の第一子を身篭っていた。大きな妬みを抱いたオリーブサラッドは、側近たちを使って、ドライドレーズンに執拗な嫌がらせを続けているのだった。
オリーブサラッドに仕える立場であっても、カニードクロケットだけは、他の側近たちと違い、「第一王妃殿下ともあろうお方が、そのように浅ましい振る舞いをなさっていては、いつかそのうち、この帝国を大きく傾けることになります」と進言をした。しかしながら、オリーブサラッドは聞く耳を持たず、そればかりか、ドライドレーズンに対する圧力をますます強める。
カニードクロケットは、やむを得ず、第一王妃の側近たちが第二王妃に酷い仕打ちをしているという事実を、バゲット三世に伝えるのだった。オリーブサラッドがそれを知り、激しく怒って、カニードクロケットを魔法で真雁の姿に変えた。その上で、側近たちに命令して、アタゴーの山中に追放したという。
「私は当時、パンゲア衛兵団の救援部隊と呼ばれる小隊に属しておりました」
「まあ、衛兵でいらっしゃったのね」
「はい。ですから私には、帝国王室の後宮内で母の身に起こっている厄災事を、砂粒の大きさすらも、知る術がありませんでした」
ミルクドは、涙声で話を続ける。
「ある日、母がアタゴー山で行方不明になったという知らせを受け、急ぎ捜索に向かいました。すぐに発見はできましたけれど、絶命しておりました」
胸を痛めながら耳を傾けていたキャロリーヌが、ここで一つ尋ねる。
「真雁の姿にされてしまっておいでというお話でしたのに、それでもお母さまと、お分かりになりましたの?」
「命を落としますと、魔法の効果は消えてしまうのです。そうなりますと、魔女族の姿に戻って、衣類を纏っていない身体を晒します。ですから、誰にも見られたくないという一心で、母は山の奥へ飛んで逃げたのでしょう」
「お一人で、ひっそりと息をお引き取りになられましたのね。お辛かったことでしょう。カニードクロケット女史もミルクドさんも、本当にお気の毒なこと」
「ええ、母にしてみれば、さぞ無念だったに違いありません。そして私の方は、まさか母が真雁にされていたとは考えも及ばず、山中で、狩りにきていた不埒な者の手によって身包みを剥がされ、矢で射貫かれたものと思い、悔しさと悲しみで泣きながら、救援部隊の仲間と一緒に、亡くなった母を、王室へ連れ帰ったのです。それからの私は、まだとても若かったのに、第一王妃殿下が特別に取り計らって下さり、母と同じ地位、第一女官にして頂くことができました。数々の浅ましい行いを知らないまま、妃殿下に大きく感謝していたものです。そして母の仇を討とうと、グリル殿に対する復讐を誓いました」
このような事情があったのかと驚きながらも、キャロリーヌは、別の疑問が浮かび上がったので、今度も率直に問い掛ける。
「でも、カニードクロケット女史のお命を奪うことになった矢が、どうして、あたくしの父の持ち物と、お分かりになりましたの?」
「メルフィル公爵家の家紋がありましたから」
「まあ、それで!」
グリルは、なかなかに几帳面な性格をしており、所有している品の一つ一つに、必ずお家の紋章を描き入れた上で、大切に使っていた。そのことを思い出し、少なからず懐かしく思うキャロリーヌである。