《★~ 魔石粉砕の作戦(七) ~》
ミルクドが口を開こうとした時、オイルレーズンが先を越して話す。
「立ったままじゃと疲れるであろうし、腰掛けてはどうかのう?」
「いえ、このままで構いません」
壁に沿って、椅子がいくつか置かれているけれど、ミルクドは、そちらには一瞬すら見向きもしない。
「そうか」
オイルレーズンは、説得の余地がないと知り、黙ることにした。
老魔女に代わって、ベイクドアラスカが口を挟む。
「ミルクド、年寄りの好意は、素直に受けるものでないか?」
「はっ、仰せの通りにございます。考え違いをしておりました」
「間違いと気づいたのなら、直ちに改めよ!」
「承知致しました。オイルレーズン女史のお言葉に、甘えさせて頂きます」
そう返答したミルクドは、俊敏に動いて、椅子を一つ運んで戻る。
まずはオイルレーズンに向かって頭を下げ、それからベイクドアラスカにも、深くお辞儀をする。
女官がまどろこしい振る舞いをしている間、ショコラビスケは、小皿の上に残っていた蜜滴団子を食べ尽くす。胸の内では、「最初から座っていれば、早く済むことだぜ」と思っているのだった。
ショコラビスケの茶碗が空になったので、キャロリーヌが丸壺を手に取り、小麦茶を満たす。
「おう、ありがたいことですぜ。がほほ」
「キャロルや、あたしにも頼む」
「はい」
オイルレーズンの茶碗に、五杯目が注がれる。
それを眺めていたベイクドアラスカが、少なからず驚いた様子で尋ねる。
「あまり沢山お飲みになると、お腹痛を患うのでは?」
「なんのなんの、平気じゃわい。見ての通り、あたしゃもう年寄りじゃから、肌が乾燥しがちになってしまってのう。干からびてしまわぬように、毎日四十杯より多く、茶湯や果汁を飲むようにしておる。ふぁっははは!」
「そうですか……」
一日の茶は、たいてい二杯で済ますベイクドアラスカにとって、オイルレーズンが言った「毎日四十杯より多く」は、大袈裟な冗談のつもりなのか、それとも本当に飲んでいるのか、判断ができない。
ここに第一女官が、遠慮がちな態度で口を挟んでくる。
「えっと、お話を始めても、よろしいでしょうか?」
「おお、そうじゃった。始めて貰おうか。ふぁっはは」
「ミルクド、存分に話すがよい」
「はい」
ベイクドアラスカからも、いわゆる「お墨つき」を得ることができたのだから、胸を張って口を開くことができる。
「私がメルフィル家に非道を働いた理由は、復讐のためです」
「ええっ!!」
思わず大きな声を発するキャロリーヌである。他の者も、少なからず驚いている様子だけれど、黙ったまま、ミルクドの言葉に耳を傾けようとしている。
キャロリーヌは、オイルレーズンたちの冷静さを見習うことにして、開けた口を塞ぐのだった。
「グリル殿は、母を殺したのです」
「えっ、そんなぁ!!」
落ち着きを取り戻したばかりのキャロリーヌが、また大声を出した。
今度ばかりは、疑問の言葉を投げ掛けざるを得ない。
「なにかの間違いでは、ありませんの!」
「ええ、その通りでした」
「はっ??」
「キャロリーヌ嬢の仰るように、間違いと後で分かりました」
「へっ、ではやはり、あたくしの父が、ミルクドさんのお母さまを、その、死なせてしまったというのは、間違いだったのね?」
「いいえ、それは間違いではありませんでした」
「えっ?? 一体、どちらですの!!」
キャロリーヌは混乱してしまい、珍しく声を荒げ、早口で話す。
「あたくしのお父さまに限って、どなたかを殺めるなぞとは、そのようなことありませんわよね?」
「いいえ。あなたの父上、グリル殿が母を弓で射って命を奪ったのは、本当にあったことです」
「まさか、そんな……」
「ただ、その時の母は、真雁の姿だったようです」
「真雁??」
「はい。その真相を聞いたのは、数年が経ってからですけれど」
ミルクドの母親、魔女族のカニードクロケットは、十七年ばかり昔、バゲット三世王の第一王妃、オリーブサラッドの機嫌を損ねたせいで、真雁になる魔法が施され、アタゴーの山に追放された。その時、狩りにきていたグリルが、そうと知らずに、弓で射貫いてしまったという。
「……」
俄かには信じ切れず、黙ったまま首を傾げざるを得ないキャロリーヌである。
口には出さないけれど、胸の内に、「そんな作り話みたいな不幸が、まさか本当に起きたのかしら?」という、疑いの思いが押し寄せるのだから、これは無理もないこと。