《★~ 魔石粉砕の作戦(三) ~》
中央門の外には、宿屋の前で待つマトンとショコラビスケの姿がある。
二人は、キャロリーヌとオイルレーズンを見つけると、すぐに駆け寄り、まずは朝の挨拶を済ませる。
マトンは口を休めることなく、さらに言葉を重ねている。
「今日もまた、オイルレーズン女史におかれては、ご健勝でおられるご様子で、なによりと思います」
「マトンの口こそ、相変わらず達者で、なによりじゃよ。ふぁっはは!」
「恐縮です」
丁寧なお辞儀をして、それから今度はキャロリーヌに話し掛ける。
「麗しく高貴なキャロル、今朝は一段と美しく見えるよ。きっと、胸元の輝きが、キミの魅力を引き立てているのだね。その服飾品、とてもよく似合っている」
女性を褒めるためなら、こうして言葉を選び、口を動かすことを、砂粒の大きさすらも惜しまないマトンである。だから、キャロリーヌが身につけてきた首飾りに気づき、黙っていられないのは当然のこと。
キャロリーヌは、喜びの気持ちを、表情と言葉で返す。
「あらマトンさん、お褒め下さり、ありがたく存じますわ」
ここへショコラビスケが口を挟んでくる。
「キャロリーヌさんよお、今朝は一段と逞しく見えますぜ。きっと昨日の水鏡とやらが功を奏して、俺さまそっくりの印象が映ったから、力強さを引き立てているのだろうよ。がっほほほ!」
「えっと、あの……」
どう返答してよいか分からないで、少しばかり困惑するキャロリーヌ。
突如、一等政策官のチャプスーイが現れる。
「お待たせしました」
「なんの、あたしらも丁度きたところじゃわい。ふぁっはは!」
「そうですか。ところで、今日の馬車はどうしましょう?」
「せっかくじゃから、あたしのを使うとするかのう」
一等官になると、皇国宮廷から専用の馬車が用意される。昨日、一等栄養官に昇格したオイルレーズンにも与えられたばかり。
「では、そのようにしましょう」
チャプスーイは、素直に同意した。
一等官用の馬車は、翼つき馬の二頭立てだから、大人の人族と魔女族が二人ずつと、巨体の竜族一人を乗せて走るくらいは容易いこと。
「馭者はマトンじゃ」
「承知しました」
「おお、伝えるのを忘れておったわい。マトンとショコラは、今日から五等栄養官になるのじゃった。よいかのう?」
「はい、喜んで!」
「俺さまが、ようやく認めて貰えるのですかい。がっほほほほ!」
一等官には、四等か五等であれば、配下の官職者を選ぶ権限も与えられる。それでオイルレーズンが、二人を五等栄養官として採用した。
平民でも宮廷官職に就けば、仕事をする都度、相応の給金を得ることができるので、彼らの喜びも大きいはず。
・ ・ ・
こちらはパンゲア帝国王室の地下、日の光が届かない薄暗い場所。ここに住む者たちが「パンゲア牢獄街」と呼ぶ空間である。
ピーツァがきてから十三日目になるけれど、もっと長い日数を過ごした気分になっている。
最初のうちは原っぱで寝ていたけれど、思いの外、夜露が身体に悪く、病を患ってはいけないので、宿所をいくつか訪ねてみた。
結果、安くても一日に銀貨を一枚ずつ支払う必要があることを知った。部屋貸し屋の主人が、「ここで百日より多く暮らすのなら、部屋の一つを金貨五枚で買い上げた方が得になりますよ」と教えてくれたので、ピーツァは、思い切って部屋を購入した。それで手持ちも少なくなってしまい、一昨日から、小麦の粉挽き労働に就いている。
粉挽き小屋の中で、数人が、天井まで届く太い軸から水平に突き出ている横棒を握り、円形を描いて歩くだけの仕事。ここで朝から夕刻まで働けば、銀貨を一枚得ることのできる、いわゆる「日雇い労働」ということ。休憩が四回あって、昼餉には麺麭を二つ貰えるし、水なら好きなだけ飲んでよい。
しかしながら、体力を大きく消耗するので、腕っ節に自信のある獣族のピーツァでも、慣れるまでは、なかなかに辛い仕事である。それでも銀貨が一枚あれば、大好物にしている厚切り牛肉を二枚も買えるので、悪い生活でもないと思うことにして、今日も労働にきている。