《★~ 魔石粉砕の作戦(二) ~》
覆ってある布を取り除くと、黒い色だけれど、艶やかな丸い品が出てきた。人族の女性が指を伸ばした手の大きさくらい。
その平たい表面をキャロリーヌが覗き込むと、鏡と呼ばれるだけに、こちらを見つめ返している少女の顔がある。
「まあ」
この一言を発してからは、黙ったままで死鏡を凝視する。
そんなキャロリーヌに、少し離れたところから、オイルレーズンが問う。
「キャロルや、姿は、しっかり映ったかのう?」
「あっ、はい。でも、あたくしの顔に違いありませんのに、不思議なことに、ショコラビスケさんと向き合っているように、思えてしまいますの」
「それは水鏡の効果じゃから、気にせずともよい」
「はい。でもあたくし、やはり気にしますわ」
「ほんの十日ばかりじゃよ」
「それは、そうでしょうけれど……」
年寄りにとって十日間は短いかもしれないけれど、まだ若いキャロリーヌにしてみると、なかなかに長く感じるもの。
ここへホイップサブレーが口を挟んでくる。
「死鏡は、最初に姿を映した魔女族への仇に罰を与えるのでな、印象が別の者であろうと、どうということはない。それより大切なのは、身につけておかねばならぬこと。遠く離れたところに置いてあるのでは、効果が及ばぬ」
「じゃが、いつも手に持つのは不便じゃわい」
これを聞いたホイップサブレーは微笑み、別の品を手に取る。
「そうと考えて、鏡に合うよう、紐のついた枠も作ってある。首から下げられるものじゃ。オイルよ、どうかな?」
「ほほう、それを貰うとしようかのう」
「ローラシア金貨で六枚じゃ」
「高いのう!」
「これも商売ですからなあ。おっぽぽ」
「分かっておるわい」
不服の言葉を漏らすオイルレーズンだけれど、懐から巾着を取り出し、要求された通り、六枚の金貨を支払う。
ホイップサブレーが死鏡に枠を取りつけてくれて、首飾りのようになる。キャロリーヌは、その輪になっている紐に頭をくぐらせ、鏡を胴着の内側に収める。思いの外、重みを感じさせないものだった。
人族の間にも、身につけていることで、健康や安全をもたらしてくれると信じられている、いわゆる「お守り」と呼ばれる装飾品がある。それで、ふと、弟のトースターがつけていた腕輪のことを思い出した。魔除けと呼ばれるお守りの一種で、キャロリーヌたち姉弟の母親、マーガリーナが作った一品。
幼い頃のキャロリーヌは知らずにいたけれど、トースターは、生まれる前から、悪い魔女族の企みで、一年後には命を落とすという、おそろしい呪いが掛けられていた。マーガリーナは、どれほど辛く切ない気持ちに耐えながら、その魔除けを作っていたのだろうかと、少しでも考えてみるだけで、今のキャロリーヌには、胸の内が締めつけられるような、強い痛みを感じる。
家族や友人を失う悲しみの深さは、人族でも魔女族でも、そして竜族など亜人類でも同じはず。ショコラビスケが、命に替えてでも、愛おしく思う竜族仲間のシラタマジルコを救いたいと決意したことも、今ならば、よく分かる気がする。
「キャロルや、そろそろ中央門へ向かうとするかのう?」
「えっ、はい!」
キャロリーヌが思い込んでいる間、オイルレーズンは、ホイップサブレーと世間話をしていたけれど、あまり刻を浪費してもいられないということで、挨拶を簡単に済ませ、工房を出ることにした。
歩きながらキャロリーヌが尋ねる。
「死鏡は、今日のために、ご注文なさっていましたの?」
「いいや違う。金竜討伐に備え、以前から頼んでおったものじゃよ。ホイップから試作品のことを聞いて、これから向かうパンゲアでも、なにか役に立つことがあるかもしれぬと考えたのじゃよ。ふぁっははは」
「魔石粉砕の作戦が予定通りにうまく進んで、竜族の方たちに、自由の戻ることを願っていますわ」
「ふむ、あたしも同じように思うわい。おお、このように話しながら歩いておっては、約束の刻限が過ぎてしまう。急ぐとしようかのう?」
「はい、そうしましょう」
会話をやめて、少しばかり足を速める二人である。