《★~ 魔石粉砕の作戦(一) ~》
また一つ、新しい朝を迎えた。今日はローラシア皇国の宮廷から、一等政策官のチャプスーイ、一等栄養官のオイルレーズン、三等栄養官のキャロリーヌが、一人の平民と一人の竜族を伴い、パンゲア帝国へ赴くことになっている。
表向きの目的としているのは停戦交渉なのだけれど、本当は、多くの竜族をパンゲア帝国の領土内に縛りつけているらしい魔石を粉砕する、隠密の作戦行動だということ。
交渉団の出立する刻限は、四つ刻と定められている。それまでに、残すところ四半刻ばかりとなった。朝食を済ませたばかりのキャロリーヌとオイルレーズンが、宮廷官舎を出る。
オイルレーズンには用があるので、まずはホイップサブレーが一人で商売をしている魔法具の工房へ向かうことにする。
「これで三度目の訪問となりますけれど、あのお店には、不思議な品が沢山並んでいて、今日も楽しみですわ」
「そうなのか。あたしゃ見慣れておって、なんとも思わぬがのう」
「一つ一つ丹精に作り上げられていますのが、あたくしにも分かります。ホイップサブレー女史が、グレート‐ローラシア大陸一のお仕事をなさる道具職魔女と、称賛されておられるのも、当然のことに思います」
魔女族の作り出す魔法具は、人族が扱えない道具であり、そういうものがあることを、ほとんどの人族が知っていない。生まれてから十六年を、ずっと人族の娘として育てられたキャロリーヌが、そのような品々に不思議さや珍しさを感じるというのは、無理もないこと。
「ふむ。ホイップが大陸一の仕事をしておるのは、その通りじゃよ。しかし、それがために、お代の高さも大陸一じゃからのう。あたしは、ホイップになにか道具を頼むと、いつも沢山の金貨を渡さなければならず、辟易しておる。困ったものじゃわい。ふぁっはは……」
いつもと違い、弱々しく小声で笑うオイルレーズンである。
「今回は、どのような魔法具を頼まれていますの?」
「死鏡じゃよ」
「え、それは一体どのような?」
「初めて姿を映した魔女族に対して仇をなそうとすれば、死鏡が、その不埒な輩に死の罰を与えよる」
「まあ、おそろしい道具ですこと!」
キャロリーヌは驚かざるを得ないのだった。
しかしながら、どうしてそのような効果を持つ魔法具をオイルレーズンが必要とするのか、少なからず気になるので、思い切って尋ねてみる。
「どなたを、その死鏡に映しますの?」
「キャロルじゃよ」
「え、あたくしですの!?」
「そうじゃよ」
オイルレーズンは、平然と答え、話を続ける。
「じゃが、今はまだ試作品らしいわい。およそ、罰の及ぶ者には、なにか条件があるのかもしれぬ。それについては、ホイップの方から説明してくれよるはずじゃろうから、よく聞いておくとしよう」
話しながら歩いて、二人が工房に到着する。
オイルレーズンが先に入り、キャロリーヌは後に続く。
「やあオイルとキャロルちゃん、待っておったよ。おっぽぽ」
背の丸い姿のホイップサブレーが、温かい笑みを浮かべながら迎えてくれた。
「今日も元気かのう?」
「もちろん、朝からこの通り。おぽぽ」
「ふむ。じゃが、ゆっくり話をしておる刻がない。死鏡を受け取りに寄っただけじゃからのう」
「分かっておる。それで、昨日話した通り、試作品なのでな、人族より身体の大きな者には、通用せぬよ。竜族や、牙猪なぞの獣には効かぬ」
「毒虫ならば、どうじゃ?」
「人族より小さい種類なら、効果は十分に及ぶよ。おぽぽ」
たいていの虫は人族より小さい。けれども虫類には、大人の竜族ほどに大きく成長するような、大竜蜘蛛と呼ばれるのもいる。それらには、試作品だと死鏡の効き目はないということ。
このような説明をしたホイップサブレーが、深い緑の色をした布に包まれている品を、オイルレーズンに手渡して尋ねる。
「これを、誰に使うのか?」
「キャロルじゃよ」
「今この場で、姿を映しておくか?」
「そうするかのう。さあキャロルや、布の中にある鏡に、顔を映すがよい」
「はい、分かりましたわ」
死鏡が、オイルレーズンからキャロリーヌの手に渡る。




