《★~ ファルキリーと一等栄光章 ~》
こちらは辺境の地、メルフィル公爵家の邸内である。
窓から見える辺り一面が、真綿のような雪で覆われている。一晩で積もった量はかなり多い。
朝早くに開けようとした時にはビクともしなかった扉も、日の少し高くなった今になり、ようやく動かすことができた。
外へ出たキャロリーヌが驚嘆の言葉を発する。
「はあ、ずいぶん降りましたものね」
この地で三年間を過ごしてきたけれど、昨夜は一番の大雪となったのである。
目前に広がる白銀の風景を眺め、キャロリーヌはつぶやく。
「トースターにも、この見事な美観を眺めさせてあげたかった……」
こちらへやってきた最初の冬にも、少しだけ積もった日があり、弟と雪遊びをして楽しんだ。この地で経験した数少ない愉快な思い出の一つである。
この時、少し離れたところで物音がしたのを、微かながらに感じ取れた。
《もしや、ジェラートさまがお越しになったのかしら?》
屋根の上から雪の塊が落ちただけのことかもしれない。
それでもキャロリーヌは、淡く期待を抱き、急ぎ馬小屋へと走った。
白いお馬の姿があり、その体躯から白い湯気が立っている。
「まあファルキリー、あなたジェラートさまと一緒に戻ってきたの?」
「ブルルッ!」
牝馬は短くいななき、首を横へ大きく振った。
「あら、違いますの?」
「ブルッ」
今度は縦にゆっくり一つ、コクンとさせるファルキリーである。
どうやらジェラートがやってきたのではないらしい。
「おやまあ、あなた、なにを掛けていますの?」
「ヒヒィン」
「あらあら、これは!?」
ファルキリーの太い首に、勲章の飾り帯が巻いてあるのだった。
最初のうちは、ちょっとした遊び心でジェラートが愛馬に飾りつけたものだと、キャロリーヌは考えた。
ところがよく確かめてみると、それは本物の勲章であり、しかもかつてキャロリーヌの父、グリルが皇帝陛下から授与された「一等栄光章」だと判明した。一等の宮廷官職を五年間勤めた者に与えられる、ローラシア皇国が行う叙勲としては上から三番目に高い栄誉である。
事情がよく飲み込めないながらも、キャロリーヌは、ファルキリーの首から勲章つきの飾り帯を外した。
「あなた、お城から一人で駆けてきたのね。さぞ疲れたことでしょう」
ファルキリーの四肢が泥に塗れているため、濡らした布を使い、丁寧に汚れを拭き取ってやり、それから新鮮な水と飼葉を与えることにした。
この日は、宮廷からの定期訪問の予定があった。
けれども、いつもやってくる二人の四等政策官は現れなかった。大雪で道が悪いため取りやめになったのだろうと、キャロリーヌは考えた。
今日の宮廷内は、それどころではない事態が起きてしまったことが本当の原因なのである。しかしながら、ローラシア皇国を揺るがす大事変が発生したことを、この辺境の地にあるキャロリーヌには知る由もないのだった。