《☆~ 蛸を使うコナ民族の料理 ~》
中央門の内側へ入って、大通りを進む。夕刻を迎えているため、通行する者も多く、衝突しないように心掛ける必要がある。
そんな雑踏の帰り道を歩きながら、オイルレーズンが尋ねる。
「夕餉には、なにを選ぶしようかのう?」
「どうしたことでしょう、あたくし、無性に蛸が食べたいですわ」
「そうじゃのう、あたしも今は、蛸を食したい気分になっておる。おそらく、あのスティーマビーンズが、ショコラに向かって繰り返し、蛸だの、蛸の煎餅だのと、叫んでおったせいじゃろう」
「どうして、蛸と仰っておられましたの?」
「キャロルが知らぬのも、無理のないことじゃよ。その蛸という言葉は、荒くれ者なぞが、他の者を罵倒する意味で使っておる。口喧嘩をする相手を蔑みたいがために、《頭が蛸》と言ったりしよる」
「あたくしに対しても、《蛸ビスケ》と仰いましたわ。それで、蛸肉を使って作られる乾麺麭があるものとばかりに、思っておりましたの」
「蛸の煎餅はあるが、蛸の乾麺麭は、聞いたことがないのう」
「そうなのですね……」
「おお、蛸で思い出したわい!」
突如、オイルレーズンが目を輝かせ、少しばかり大きな声を発した。
「な、なんですの!?」
「古くから、一部のコナ民族が食しておる料理でな、蛸と野菜なぞを細かく刻み、それを、水で溶いた小麦の粉汁に混ぜ、丸い形に焼き上げるのじゃよ。発酵豆油で味をつけ、硬く乾燥した魚肉を薄く削って、ふり掛けるのじゃが、なかなかに風味がよく、格別じゃわい。蛸焼きと呼んでおって、あたしがパンゲアで暮らしておった頃に、一度だけ食したことがある。懐かしいのう、ふぁっははは!」
「まあ、そのように美味な逸品でしたら、あたくしも、食べてみたいですわ」
「ならば今晩は、そうするか?」
「はい!」
こうして夕餉の品が決まり、二人は鮮魚の市場に立ち寄る。
「主人や、蛸は入っておるかのう?」
「へいらっしゃい! そりゃ、丁度いいところでさあ。朝の早くにアカシー湾で獲れた魔蛸が、さっき到着しやしたばかりっすから!」
「ほほう、それは好都合じゃったわい。その脚を一つ、貰うとしよう」
「へい毎度っ!」
ローラシア皇国の南西の端に、アカシー湾と呼ばれる入り江があって、魚介類の漁場がある。そこの魔蛸は美味なことで、この大陸中に広く知れ渡っている。
アカシー湾で水揚げした海産物は、純水系統の魔女族によって「冷却状態」が施される。そして各地の市場に届き、売られている。
新鮮な蛸の脚肉を手に入れたキャロリーヌたちは、隣りの菜類屋で、葉物野菜と根菜を買い求める。
雑貨屋にも立ち寄り、蛸焼きを調理するために使うということで、沢山の丸い窪みがある奇妙な形をした鉄板を購入する。キャロリーヌが数えてみると、窪みは十六個もあった。
それから二人は、宮廷官舎へ帰り着き、すぐ調理場兼食堂へ向かう。
キャロリーヌが蛸肉と菜類を細かく刻む。オイルレーズンは、鉄板を洗ってから水気を拭き取り、弱い火に掛けている。
手際よく下拵えを済ませたキャロリーヌが、小麦の保存してある瓶を棚から取り出して、オイルレーズンに問い掛ける。
「この粉を、水で溶きますのね?」
「水は少なくてよい。芋を擂って入れるからのう」
「分かりましたわ」
鉄板の丸い窪み一つ一つに、オイルレーズンが菜種油を薄く塗っている。
少しして、擂り芋を混ぜ合わせた小麦の粉汁も用意できた。
キャロリーヌが匙を使って、粉汁を鉄板の窪みに流し込む。その後を追って、オイルレーズンが、刻まれた具材の粒を上から落とす。
「これが焼き上がると、丸く膨らみますのね?」
「いいや違う」
「え、違いますの?」
「少し焼いてから、魔法を使うのじゃよ」
「まあ、そうですの!」
宮廷調理官を目指していたキャロリーヌでも、まだまだ知らない調理法があるものだと、深く感心せざるを得ない。
「キャロルや、今のうちに乾燥魚肉を、削っておいてくれるかのう?」
「はい」
キャロリーヌは、棚に納めてある硬い魚肉の塊と削り具を取り出し、いわゆる「削り魚肉」を作ることにする。
「キャロルや、いよいよ魔法じゃよ」
「はい」
キャロリーヌは、手を止めて鉄板に注目する。
「反回転!」
オイルレーズンが唱えると、鉄板の窪み内の、具材入り粉汁がいっせいに回転するのだった。焼けてほどよく固まっているので、形を崩すことなく綺麗に反転した十六個が、玉のように丸くなっている。
「まあ、見事な!」
「発酵豆油を用意してくれるかのう。それと串が二本じゃ」
「はい!」
少しばかり経って、蛸焼きがうまく仕上がる。
この料理を串に突き刺し、ゆっくり食する。キャロリーヌは、初めての食感と味わいに驚愕してしまい、しみじみとした口調で「小麦は万能な食材ですわね」と話すのだった。