《☆~ 竜族を救い出す策(四) ~》
正面衝突が寸前に迫った竜族二人の間に、オイルレーズンが割り込む。
「スティーマビーンズさんや、今日ここまできて貰った目的は、ショコラから聞いておるかのう?」
「へい、よく分からんことですが、おいらが昔からずっと、蛸ショコラに抱いている強い怒りが、なんだか役に立つって話でしょう?」
「そうじゃとも。もちろん、わざわざドリンク民国からきてくれたので、お代は払うつもりじゃよ。ローラシア金貨を一枚と、旅に必要となったお代ものう」
「えっ、それは本当で?」
目を丸めるスティーマビーンズである。胸の内を覆っている悪い感情を解消し、その上で金貨まで貰えるのなら、こうして足を運んできたのも、決して無駄とならずに済む。
しかしながら、彼はお代のことをショコラビスケから聞いていない。それでまた、二人の口論が始まる。
「やい、蛸の煎餅!」
「なんだ、餡子の餅!」
「お前、金貨のこと、なぜ言わなかった? 横取りする気だったか!」
「違うぜ、話すのを忘れたんだ!」
「そうかあ、やっぱり頭が蛸だ!」
「黙れ、餡子ビーンズ!」
「戯けめ、よさぬか! こんな道端で、みっともないわい」
竜族たちが激しく罵り合っているので、いわゆる「路上の見世物」でも始まったのかと勘違いをしたらしく、大勢の人族が集まった。
それに気づいた二人は、ようやく虚しい喧嘩をやめることにする。
「おうおう、その通りですぜ」
「ううっ、こりゃあ面目ない」
この場へ突如、別の魔女族が姿を現す。
「オイルや、待たせたかな?」
「いいや、丁度よい刻限じゃわい」
「そうかい。おぽぽ」
それは他でもなく、オイルレーズンの古くからの親友、ホイップサブレーである。今日は、水鏡を唱える役を頼んである。以前のように、純水系統の魔女族、シェドソーメンにやって貰いかったけれど、パンゲア軍が国境を封鎖しているため、彼女をメン自治区から呼び出すことができなかった。
たとい樹林だけの一系統魔女族であっても、ホイップサブレーは、たいていの魔法を巧みに使いこなせるので、気にするほどの問題はないはずと、オイルレーズンは判断している。
早速、二人の魔女が同時に唱える混成魔法で、効果の持続する刻限を十日間と定めた水鏡が、キャロリーヌに施される。
少しばかり張り詰めた空気の漂う中、オイルレーズンとホイップサブレーが声を揃えて詠唱する。
こうして滞りなく魔法が掛けられると、スティーマビーンズが、いの一番でキャロリーヌに近寄り、おもむろに話し掛ける。
「おおっ、蛸ビスケへの積年だった怒りが、跡形もなく消えている。恨みを水に流す魔法というのは、本当だったんだ。なあ、ショコラビスケ!」
「えっ、あ、あたくし、キャロリーヌですわよ??」
「おいこら、すっ惚けるな。相変わらずの蛸だよ、まったく」
ここに、本物のショコラビスケが割り込んでくる。
「惚けてるのは、お前の方だ。餡子ビーンズめ!」
「えっ、なんだよ、どこの竜族だ、お前?」
「この俺さまこそ、正真正銘のショコラビスケだ!」
「いや違うよ。ショコラっていう奴は、もっと間抜けな印象が漂っているんだ。ほら、こいつの顔みたいにな」
そう言いながら、キャロリーヌを指差すスティーマビーンズである。
「あたくしのお顔に、間抜けな印象が漂っていますの!?」
「ふむ。それは水鏡の効果で、ショコラの印象がうまく映り込んでおる証拠。じゃから、なんら気にせずともよい。ふぁっはは」
「えっ、あたくし、気にしますわ!!」
表向きにはハッキリと言えなかったけれど、こういう事態に陥るのではないだろうかと、キャロリーヌは心配していたのだった。それがそのまま、現実に起きてしまっている。
この先の十日間、そんな苦痛を胸の内で耐え続けるのかと思うと、暗澹たる気持ちにならざるを得ない。




