《☆~ 竜族を救い出す策(二) ~》
こちらはパンゲア帝国の後宮内。最も絢爛豪華な王妃居室、第一王妃の間で、先代王の第三王妃、ベイクドアラスカは、帝国衛兵の軍が思うようにローラシア皇国へ侵攻できていないという報告を受けたことで、大きな不満を抱き、たいそう機嫌を損ねてしまっている。
その傍には、剃髪姿の男性、バトルド‐サトニラが低い腰の姿勢で、頭を床に届くほどに落としている。
安楽椅子の上から、厳しい叱責の声が飛んでくる。
「メン自治区を制圧し、飛竜をうまく使って迅速に敵地へ入ったところまではよいが、そこで足踏みとはなにごとか! この失態の咎は極めて重いぞ!」
「はい、ご尤もで、申し開きも立ちようにございません」
このサトニラ氏は、政策官長の立場にあって、今回のローラシア侵攻作戦では、指令官長を任されている。そのためベイクドアラスカは、彼の失敗を、容赦なく追及する。
「なぜ衛兵らを先に進ませぬか! 説明せよ!」
「では僭越ながら、少々申し開きをさせて頂きます。実はメン自治区の南部から国境の壁を越えてローラシアの地に入ったところ、相手側の軍が、大隊にして五個の規模で集結しておりました。こちらの兵数と比べますと倍ほどになりますもので、体勢を立て直す必要があると判断した次第にございます」
「その周辺は、皇国の兵が少ないのではなかったのか!」
「通常は、その通りにございます。昨日ばかりは、その想定が大きく外れてしまったようです」
「外れたとはどういうことか! 普段と異なる状況となっておったのには、なにか理由があるのだ。あっ、密偵に違いない! こちらの作戦を向こうへ知らせる曲者がおったか!」
もしもベイクドアラスカの推察した通りなら、サトニラ氏にとっては、少なからず厄介な事態である。この帝国の機密を漏らしている輩が野放しになっているとすると、そのことで責めを受けるのは政策官長である自身なのだから、そう思うのも無理はない。
「帝国女王の母殿下、ローラシアの地で、普段と異なる状況となっていましたことについて、私の考えを述べてもよろしいでしょうか?」
「述べてみよ」
「昨日、あの近辺にローラシアの護衛官軍が集結していたのは、訓練のためだったのだと思います。そこでパンゲアの衛兵たちと遭遇し、それも訓練の一環だと勘違いをして、一部では戦いが始まったのです」
「なんだと、本当なのか?」
「おそらくはそうです。ところが両軍の大隊長は異変に気づき、取りあえず戦いをやめさせ、そのまま今日まで睨み合いの形になってしまったのでしょう」
「ほほう、そうだったか」
ベイクドアラスカは、サトニラ氏の話を信用してしまった。
ここに第一女官のミルクド‐カプチーノが、どこからか、音もなく現れる。
「帝国女王の母殿下、ローラシア皇国から、急ぎの親書が届いております」
「うむ」
ベイクドアラスカは、ミルクドから紙片を受け取り、この場で読んだ。
「ううむ」
「どうかなさいましたか?」
「……」
考える様子を見せたまま返答しないベイクドアラスカである。サトニラ氏とミルクドは、黙って待つことにした。
そのまま数分刻が過ぎ、ようやく言葉が発せられる。
「ローラシアめが、停戦交渉をしたいと申してきたのだ。どうしたものか」
「お受けしてみては、どうでございましょうか」
「交渉してどうする?」
「少しでも有利となるような形で、今回ばかりは矛を収めることが、最善の策かと思います。このまま大軍同士で正面衝突となりますと、たいそう多くの兵を失ってしまい、たといローラシアに勝ったところで、こちらが大きく疲弊してしまっては、エルフルト共和国に攻め入る隙を与えるおそれがありますので」
「うむ、それもそうだな」
サトニラ氏の進言を、尤もな道理と思わざるを得ない。ベイクドアラスカの抱く野望は、あくまで大陸全土の支配であって、たった一つの国に勝つことではないのだから。
「よし、ローラシアに伝えて、交渉の準備を整えよ」
「承知致しました」
サトニラ氏は、まず頭を深く下げ、速やかに立ち去った。
その一方でミルクドは残り、ベイクドアラスカと別の話を始める。