《★~ ショコラビスケの男気(四) ~》
ローラシア皇国の北東部領域で、護衛官軍とパンゲア衛兵団が睨み合ったままになっているという。パンゲア側が兵を引けばよいけれど、事態は、そう簡単に望ましい方向へ進むとは限らない。
兎も角、皇国は緊迫した状況にある。それを知ったマトンが、馭者席からオイルレーズンに問い掛ける。
「この危急に、なにか役目を果たされるのでしょうか?」
「まずは宮廷に戻り、今後どのように対応するのがよいか、一等官たちと、その方策について話し合うとしよう。彼らも、なにか考えておることじゃろう」
「ローラ・パンゲ・エルフ三国協定は、これで反故となりますね」
「ふむ。条約に違反しておるのじゃから、それはやむを得ぬこと。協定は、エルフルト共和国と結び直さねばならぬ。この機会にドリンク民国を加えることが、できればよいがのう」
突如、ショコラビスケが割り込んでくる。
「首領、俺も知りたいことがありますぜ!」
「なんじゃな?」
「パンゲアを相手に、また戦うことになったら、ローラシアの護衛官軍は、竜族兵に対しても、容赦しねえつもりですかい?」
「そうじゃとも。攻め掛かってきよるなら、討ち払わねばなるまい。皇国の安寧を保つためにのう」
「俺は兵士じゃねえが、そうだったとしても、竜族仲間を相手に戦うだなんて、できる訳ねえぜ」
「シラタマジルコという、小隊長のことを気にしておるのじゃな?」
「おうよ!」
とても力強く答えるショコラビスケに、キャロリーヌが尋ねる。
「よほど大切に思っておられる、お方ですのね?」
「おうおう、よくぞ聞いてくれましたぜ!」
ショコラビスケは、シラタマジルコと初めて出会った時のことを、たいそう嬉しそうに語った。
オイルレーズンがキャロリーヌに教える。
「ショコラは、その女性に惚れておるのじゃよ」
「え、そうですの??」
「がほっ、待って下せえよ!」
「なんじゃ、違っておるか?」
「いや、違うことはねえですが……」
顔を赤くしながら言葉を濁すショコラビスケに、キャロリーヌが問い掛ける。
「求婚は、なさいませんの?」
「へっ、そりゃあ……」
「キャロルや、愛を伝えるのは、彼女を助けた後じゃよ」
「あら、どうして??」
「命を救ってくれた男から求婚されれば、受諾しようと思う気持ちも、少なからず高まるからのう」
「あ、それもそうですわね。でも、シラタマジルコさんに施された、おそろしい呪いを、解きませんことには」
「おうよ。求婚はできねえにしても、この俺はどうなろうと構わねえ。せめてシラタマの姐さんは助けたい。どうにかして、魔石のあるパンゲア王室に入れねえものだろうか……」
ショコラビスケは、いつもの元気をなくしてしまった。
「あたしと一緒にゆけば、入れぬこともないが」
「へえっ、そりゃあ本当で!!」
「もちろんじゃとも」
「ですが、一体どうやって?」
「ショコラを竜族兵として、あたしから紹介すればよい」
パンゲア帝国では、一人でも多くの竜族兵を欲しがっている。特に、誰か名のある者が推薦する形だと、帝国王室は少なからず喜んで受け入れるはず。
「それなら、それで一つ、お頼みします!」
「命を失ってでも、魔石を壊すつもりか?」
「姐さんを救えるなら、俺はなんだってやってやるぜ!」
「えっ、ご自身を犠牲になさいますの!?」
キャロリーヌが驚きのあまり、思わず口を挟んだ。
「本気ですぜ! 魔石の呪いがあろうと、それが俺の生きる道だったと、後で姐さんにお伝え下せえ!」
「あらまあ、なんと勇ましいこと」
「キャロリーヌさんよお、俺のことを忘れないで貰いたいぜ」
「はい、あたくし、決してお忘れなぞ致しません」
「キャロルや」
「はい」
「ショコラが集団からいなくなってしまっては、金竜逆鱗を手に入れることが、すぐには叶わぬことになるのじゃよ?」
「ええ、そうです……」
ショコラビスケは、金竜討伐のために訓練を重ねてきた。これまでの努力がすべて水泡に帰するということ。
白馬の姿にされている本当のキャロリーヌを人族の姿に戻す使命の達成も、先延ばしとなる。そうだとしても、キャロリーヌは、ショコラビスケの意思を大切に思わざるを得ないのだった。




