《★~ ショコラビスケの男気(三) ~》
昨日の夕刻と今朝早くに伝書を届けてくれた使い鷲のシルキーが、ローラシア北西部国境門で待機している。
たった今、キャロリーヌたちの一行が到着したところ。ここで長を務めている二等護衛官、フィッシュ‐チャウダがシルキーの脚に、新しい伝書を結びつけようとしているのだった。
検問を一番に終えたオイルレーズンが、フィッシュの傍へやってくる。それで彼は手を止め、細長い形に折り畳んである紙片を差し出す。
「シルキーさんに、丁度これを届けて貰おうとしておりました」
「皇国宮廷から得られた、状況の報告じゃな」
「はい、仰せの通りです」
オイルレーズンは、伝書を受け取って開き、取りあえず、この場で黙って最後まで目を通す。
「早朝に始まった交戦が、中断したのじゃな。パンゲアの兵士は、思うように前へ進めず、足踏みさせられておる」
「そのようです。皇国護衛官軍がこんなにも迅速に布陣できるものだとは、相手側にとって、さすがに想定し得ない、驚きの事態だったことでしょう」
「やはり、こちらが早く動けたのは、昨日の秘文書があったお陰じゃわい」
「まったく、そうだと思います」
キャロリーヌたちの検問も済んだので、オイルレーズンはフィッシュとの会話を終え、まずはシルキーを空へ帰す。
マトンが一足早く貸し馬屋へ向かい、二頭立ての馬車を借りてきた。一行が乗り込み、皇国中央へ向けて動き始める。
馭者を務めるマトンが、なんとなく気になっていることを尋ねる。
「ところでオイルレーズン女史、美しいお嬢さんと彼女の母君も一緒になるのかと思っていました。あの二人は、どうなさっているのでしょう?」
「エルフルトに、二日ほど滞在するそうじゃよ。今頃は、どこぞの名所へでも、見物に出掛けておるかのう」
「それは楽しそうで、よろしいことですね」
「ふむ」
ここにショコラビスケが割り込んでくる。
「マトンさんよお、その美しいお嬢さんてえのは、キャロリーヌさんよりも、美しいお方なのですかい?」
「ショコラ、淑女の美しさというものは、比べることなどできないのだよ。キミは、キャロルとシラタマジルコさんとで、どちらが美しいか、答えられるかい?」
「おうおう、そう言われてみると確かに、比べられねえなあ。こりゃあマトンさんに、一本取られちまったぜ! シラタマの姐さんはもちろんだが、キャロリーヌさんも、この大陸で一番にお美しい。がっほほほ!」
「ええっ、このあたくしもと仰いますの!? ご冗談では??」
「冗談なものですか。本当のことですぜ」
「あらまあ、そんな滅相もない……」
驚きと戸惑いを隠せないキャロリーヌである。
「ショコラや、このオイルレーズンも大陸で一番に、美しいかのう?」
「えっ!!」
「どうじゃな?」
「や、おっ、も、もちろん、お美しいかと……」
「戯け! 声が上擦っておるわい」
「あははは!」
笑い出したマトンに、ショコラビスケが背後から抗議する。
「そんなに笑わねえで下せえ。嫌味なマトンさんだぜ、まったくよお!」
「うん、悪かったよ。しかしショコラも偽りを語ることが苦手だね」
「へいへい、その通りですぜ」
「あら、偽りでしたの?」
「いえいえ、キャロリーヌさんがお美しいのは、本当ですぜ。ただ、その……」
「ショコラや、もうよいわい。藪蛇じゃからのう」
「……」
ショコラビスケは、老魔女に睨まれて黙るしかない。
ここでマトンが話題を変えることにする。
「それはそうと、オイルレーズン女史」
「なんじゃな?」
「先ほど道端で仰せになった、パンゲア帝国との間に起きているという、銀海竜の逆鱗どころではないことについて、お教え下さいますか?」
「おお、そうじゃったわい」
「俺も聞きたいですぜ!」
「ふむ。順序立てて話すとしよう」
オイルレーズンが、状況を知らない二人に、昨日から起きている厄介な事件について、一部始終を説明する。それは、当然のこと、マトンとショコラビスケを少なからず驚かせる。




