《★~ ショコラビスケの男気(二) ~》
冷静さを保った頭でマトンが考えた末、落ち着いた声で話す。
「ショコラが十分に意欲を持っているのだと分かったよ。でも、集団の活動方針はオイルレーズン女史が決めることだからね。相談したら、どうだろうか」
「おうおう、銀海竜の討伐はオイル婆さん次第ってことだな。がほほ」
突如、背後から叱責の声が上がる。
「戯け!!」
「ほがっ」
ふり返ると、すぐ傍にオイルレーズンが立っていた。
「首領、済みませんです!!」
ついうっかり、馴れ馴れしく「オイル婆さん」と呼んでしまったことを深く反省するショコラビスケである。
そんな彼に、オイルレーズンと一緒にやってきているキャロリーヌが、横から問い掛ける。
「銀海竜が、どうかしましたの?」
「おうキャロリーヌさん、よくぞ聞いてくれたぜ!」
「え??」
「俺は、シラタマの姐さんを救うために、銀海竜の逆鱗を奪いたいんだ!」
「まあ、そうですの!?」
「おうよ!」
ここにオイルレーズンが口を挟んでくる。
「救うとは、朽ち果ての効果を取り消してやるという意味かのう?」
「へいへい、その通りですぜ!」
「やはり、戯けじゃったわい」
「へっ、そりゃあ、どういうことですかい?」
「朽ち果てのような地縛りの魔法を掛けられておるのなら、銀海竜の逆鱗を与えたところで、呪いの効果は、決して消えることがないのじゃよ」
オイルレーズンが言っている地縛りは、いわゆる「地帯呪縛」に属する魔法だということ。それを施されている者は、ある範囲の領域から離れると、なんらかの害悪が生じる。朽ち果ての場合は、その言葉が示す通り、身体が次第に朽ちてゆき、二日もしないうちに命が果ててしまう。
「地縛りの効果を消すには、呪縛の根源になっておる魔石を壊さねばなるまい」
「なんだ! そうするってえと、どんな秘薬を与えようが、シラタマの姐さんは、助からねえのですかい?」
「ふむ、そうじゃとも」
「そ、そんなあ……」
オイルレーズンから話を聞いたショコラビスケは、言葉を失い、そして肩と頭を落とさざるを得なかった。銀海竜の逆鱗を手に入れて、シラタマジルコや竜族兵を救うという計画が、いわゆる「水泡に帰する」ことになったのだから、それも無理はない。
キャロリーヌは、がっかりするショコラビスケを少なからず気の毒に思い、オイルレーズンに問い掛ける。
「その魔石は、どこにありますの?」
「呪縛地帯の真ん中辺りじゃわい。パンゲアの竜族兵を縛る魔石のことなら、おそらく、帝国王室の内部か、その近いところに据えられておるはず」
ここでショコラビスケが、威勢よく頭を上げた。
「それじゃあ、この俺さまがそこへ乗り込んで、そんな厄介でしかない石を、叩き壊してやろうじゃねえか!」
「それこそ戯けじゃわい!!」
「がほっ??」
「パンゲア帝国の王室内に、名もない竜族が、そう容易く入れるものか!」
「オイルレーズン女史、お待ちになって下せえ! この俺には、ちゃんとショコラビスケという立派な名がありますぜ?」
「そんなことは、とっくに知っておる! あたしの言った《名もない》の意味は、《高名でもない》ということじゃ」
「そりゃあ、まあ……」
「しかもじゃよ、たとい魔石の場所に辿り着いて壊せたところで、その途端、あっけなく命を落としてしまうわい」
「へえっ、壊した者が、死んじまうというのですかい?」
「ふむ」
「ひっ、おそろしい石ですぜ、まったくよお」
「じゃから魔石と呼ばれておる」
「……」
勢いがついたのも束の間で、またしても肩を落とすショコラビスケ。
会話が途切れたので、オイルレーズンがマトンに伝える。
「銀海竜の逆鱗どころではないことが、パンゲアとの間に起きておる」
「え、それはどのような?」
「詳しいことは、馬車の中で話すとしよう」
「承知しました」
こうしてオイルレーズンたちは、エルフルト南部国境門の検問所に向かう。