《★~ ジェラートを悩ます事態(四) ~》
シャルバートは容赦なく、ジェラートを責め立ててくる。
「古来より、絶世の美女にウツツを抜かし、国を傾けてしまった君主や宰相の話など、数え切れないほどに数多ある。そのような失敗、決してあってはならぬ。いわんや、たかが馬の一頭に心を奪われたがために、皇国のゆく末を危うくするようなことでもあらば、このスプーンフィード家、末代に至るまでの恥辱となるは必定の理ぞ! ジェラートよ、分かっておるのか!!」
「はっ、もちろんですとも!」
「ふん。その言葉が真であるなら、あのような白馬なんぞ捨て置け!」
「えっ」
「お前は、グリル‐メルフィル公爵の娘と婚約する条件として、馬を要求したのだったな。じゃがもう、その縁談はなかったことだ」
「は!?」
「どのみち、あの牝馬は先方へ返さねばならない」
「いやあ、しかしながら……」
「ぬ? 道理であろう。それが分からぬお前ではあるまい」
シャルバートの言う理屈は尤もである。聡明なジェラートには、十分過ぎるほど理解できている。
頭の中だけなら納得できるけれど、彼の胸の内では、あの素晴らしい牝馬を手放したくないという情が勝っているのである。
それは単なる情ではなく、今のジェラートにしてみれば「情欲」なのである。
「父上、お言葉ですが、メルフィル公爵家のキャロリーヌ嬢は、かなり優秀な調理官になりますぞ。僕が推薦をし、春から養成機関で研鑚を積めば、将来必ずや一等調理官の栄誉を手にします。そのような娘との縁談を反故にするなど、それこそ、このスプーンフィード家にとって、大きな痛手となりませんか?」
「ふん。お前の考えにも一理ある。じゃが、メルフィル公爵家に婿入りするなど、今となってはできぬこと」
ジェラートは、亡き兄に代わってお家を継がなければならない。
「はい、分かっておりますとも。ですから、キャロリーヌ嬢を当家に迎え入れるということで、話をつければよいではありませんか?」
「いいや、それでは先方が納得する訳なかろう。メルフィル公爵のお家が絶えるのであるからなあ」
「子供を多く作り、そのうちの一人を譲ればよいと考えております」
「そううまく子宝に恵まれるとも限らんわい。この儂とて、あと数人の子を儲けておったのなら、われらスプーンフィード家のことに関しても、安心できたはずじゃからな。こればかりはどうにもならん」
「ううーん。確かに、父上の言われる通り」
不確実な見込みを条件として提示したところで、メルフィル公爵が納得してくれるとは限らない。いわゆる「捕らぬ狸の皮算用」なのである。
ここでシャルバートが別の案を提示してくる。
「馬のことなら一度は返し、それから金貨を積めばよいであろう?」
「は、はあ……」
その方法ならジェラートの頭にもあった。
けれども、愛する牝馬を金力で手に入れるというのは、貴公子としてやりたくないのである。
突如、シャルバートの口調が穏やかに変化する。
「なあジェラートよ」
「は??」
「お前の嫁には、よりふさわしい令嬢がおるではないか」
「えっ、それは?」
「侯爵、チャプスティクス家の娘だ」
「ライス嬢のことですね。ええまあ彼女は優秀ですし、お家も素晴らしい」
侯爵は、公爵より格下だけれど伯爵より上である。
そして、そもそも今や爵位の上下などより、そのお家の持つ実力こそが重視される時代。
去年の春、ライスは管理官として高級官の道を歩み始めた。彼女の父、バーリは政策官養成機関の所長を務めているし、兄のウィートは二等護衛官、姉のアズキは二等医療官に就いている。今は亡き母、スノウピーも、生前は優秀な二等調理官として名を馳せていた。
つまり、チャプスティクス侯爵家は、すっかり廃れてしまったメルフィル公爵家とは比較にならないほどに、立派なお家だということ。