《★~ ショコラビスケの男気(一) ~》
こちらは、エルフルト共和国の南部国境門へと続く国道一号線の路上。
細身だけれど凛々しい容姿をしている人族、マトン‐ストロガノフ、そして逞しい巨体が目立つ竜族のショコラビスケが左右に並び、悠然と歩いてきた。
一号線の出発点を示す標識の前に着き、二人は立ち止まる。この後、キャロリーヌたちと合流し、ローラシア皇国へ帰る予定。
ここでショコラビスケが、突如、真剣な顔をして叫ぶ。
「この俺さまは決めた、がほっ!!」
「な!? いきなりなんだい?」
「おうマトンさん、よくぞ聞いてくれたぜ!」
「うん、確かに聞いたけど、しかし珍しい表情をしているね」
普段は陽気な笑顔で話すショコラビスケのはずが、今までにはなかった気色を見せている。そのために、まるで切れのある勇者に見えてしまい、「これはどうしたことか?」と驚かざるを得ないマトンである。
その一方で、竜族の若者は、いわゆる「泰然自若」に満ち溢れた顔面を、少しも崩そうとしない。
「いつもは隠しちゃいるが、これが俺さまの真実の顔だ!」
「そ、そうか。でも、その真実の顔とやらが、一体どんな真実を語りたい?」
「俺が姐さんを救い出す!」
「え、その姐さんって、アタゴー山麓東門で出会ったシラタマジルコという、帝国衛兵小隊長のことかな?」
「おうよ。必ずや救ってみせる! いや、そればかりか、パンゲアの帝国軍に捕らわれている、すべての竜族を救い出す!!」
「やれやれ。いつも以上に、大きく出たものだなあ」
「がっほほ! マトンさんよお、今日の俺さまは、本気の本気だぜ?」
探索者や冒険者と呼ばれる者たちは、その中でも若者なら特に、自身の勇敢さや強さを、なにかと周囲の者に誇示したがるもので、大袈裟に言葉を重ねたりするけれど、このショコラビスケも、まさしく同じ部類である。その点は、最初に話した時から十分に知っているから、「どうせまた威張っているだけだろう」くらいに軽く考え、退屈凌ぎの一環として、適当に相手をするのでもよい。
しかしながら、今日に限ってショコラビスケの燃えるような眼差しから、異常とも思えるほどの「真剣さ」を感じ取れるので、少しばかり心を動かされてしまったマトンは、敬意を示すために、真面目な態度で応じる。
「実際にね、たとい首尾よく救い出せたのだとしても、彼女たちは、生きていられないよ。おそろしい魔法、朽ち果てと針五万本が施されているという話を聞いただろう。それなのにショコラ一人で、どうするつもりだい?」
「そのことなんだがなあ、ドリンク民族で知らねえ者などいない銀海竜の逆鱗を使えば、どうにかなるだろうかと、この俺は考えてみたんだ」
「うん、僕も知っているよ。奪ったことが一度ある」
幻の海竜と呼ばれる銀海竜の逆鱗は、延命効果の高い秘薬として、ドリンク民族だけでなく、この広い大陸中で、なかなかに有名な極上等品目なのだという。それを手に入れた者は極めて少ない。
「がほほ、まさか本当かよ?」
「もちろん」
「つくづく凄い人族だとは思ってたが、やっぱりマトンさんは、最上級の探索者に違いねえぜ!」
「今さら、なにを言うのだい」
「なあ頼む、もう一度だけ銀海竜から逆鱗を奪ってくれ!」
「ううーん。だけど、十数年も昔のことでね」
「次は、この俺が一緒に戦うんだ!! 絶対うまくいくぜ!」
「あの討伐では、面子として戦いに参加した竜族の二人が、あっけなく丸飲みにされて、命を落としたのだよ」
「がほっ!」
短い叫び声を発した竜族の顔を横目に、マトンが追い打ちを掛ける。
「命懸けの討伐戦になるだろうけど、それでも、やれるかい?」
「おっ、おうよ!! 俺たちの集団は、金竜の討伐に挑もうとしてるところじゃねえか。だったら銀海竜の一匹や二匹、倒せないでどうするよ!」
「狂暴の程度なら銀海竜だって、金竜に劣らない部類だよ」
「おうおう、望むところだぜ!」
いつもより声に力を込めるショコラビスケである。